はじめ乳汁で育てられていた子どもも,生後6ヵ月以後になると,乳汁だけでは十分なエネルギーや栄養素の摂取がむずかしくなり,半固形食,固形食の形で,いろいろな食品を食べることが必要になってくる。乳汁から雑食への移行は,哺乳類の一員としてのヒトには避けられない,必須の成長過程でもある。この過程を離乳という。日本の離乳の進め方については,1980年3月,厚生省離乳食幼児食研究班が発表した《離乳の基本》が基準とされているので,以下この《離乳の基本》をもとに述べる。
離乳とは乳汁栄養から幼児食に移行する過程をいい,この過程で与える食物を離乳食という。乳幼児はこの過程を通じて,機能的には,乳汁を吸うことから,食物をかみつぶして飲みこむことへと発達していく。また,この間に食品の量や種類は多くなり,献立や調理の形態もこれに対応して変化していく(英語のweaningが日本の〈離乳〉に対応する言葉として用いられることが多いが,weaningは哺乳の習慣から遠ざかるという意味あいが強い。日本では母乳をやめることには〈断乳〉という言葉を用いる)。
現代にくらべて,環境が細菌に汚染されており,幼弱な子どもに安心して与えられる食品に乏しく,また子どもの消化管感染症に適切な治療法がなかった時代には,母乳にまさる安全な食物はなく,江戸時代には2~3歳ころまで,明治~昭和初期には1歳半前後まで母乳が主として与えられ,母乳以外の食品は,現代にくらべればひじょうに遅く,かつ慎重に与えられていた。第2次大戦後,消化管感染症に対して抗生物質や輸液など有効な治療法が発達し,衛生環境がよくなり,電気冷蔵庫の普及や,食品流通機構の改善で,子どもにも安全な食品が容易に手に入るようになったので,離乳の時期が徐々に早められ,1958年の厚生省離乳研究班は離乳開始の時期を満5ヵ月ころとする案を発表した。それ以後日本では病医院,保健所などの乳児栄養指導では,満5ヵ月ころ開始を目安に離乳を指導するようになった。上述の厚生省離乳食幼児食研究班も満5ヵ月ころ開始を踏襲している。
離乳の開始は,どろどろした食物を与えはじめるときと定義されている。果汁やおもゆなどの液体を与えるのは離乳の開始とはしない。満5ヵ月ころ離乳を開始して,どろどろした食物から,しだいに舌でつぶせる固さの食物,歯茎でつぶせる固さの食物と調理形態を成人食に近づけていき,同時に食品の種類を増し,乳汁の量を減らしていく。こうして,満1歳ころ,形がある食物をかみつぶすことができるようになり,栄養源の大部分が乳汁以外の食物から摂取されるようになるときに離乳が完了したとする。このころの食事は1日3回と間食となり,牛乳または粉乳を1日約400ml程度飲んでいるようになればよい。
離乳の開始は満5ヵ月ころを目安とするが,母乳栄養で母乳の分泌がよく,子どもの発育がよいときは満6ヵ月ころを開始の時期と考えればよい。また満5ヵ月になっていても,乳汁以外の食品に興味を示さず,どろどろの食物でさえもじょうずにのどの奥に運び飲みこむことができない子では,離乳の開始を,積極的に離乳食に興味を示すようになる時期まで延ばしてもかまわない。アレルギー体質が予想される場合(たとえば両親にアトピー素因がある場合)は離乳開始の時期を遅くし,アレルゲンとなりやすい食品(牛乳,卵白,豚肉など)を与える時期を遅めにし,また,アレルゲン性を減らすために卵白,牛乳など,よく加熱して与えるようにすることが必要である。離乳の過程は,単に乳汁を他の食品に置き換えていくというだけではなく,雑食に必要な咀嚼(そしやく)能力を習得する過程でもあるので,離乳の進行にあわせて,調理形態を変えていくことを忘れてはいけない。
→授乳 →母乳
執筆者:澤田 啓司
家畜のうち,乳牛のような乳用家畜は,親牛の乳を搾乳してこれを人間が利用するため,子牛が親牛の乳頭から直接乳を飲む期間はひじょうに短い。すなわち,ふつう乳牛は産後1日から5日の間に親子を分離して別飼いにし,その後,子牛は人工哺乳によって育成する。与える乳は搾乳した母乳を用いることもあるが,初乳期以降,多くは牛乳より安価でしかも牛乳と同程度の栄養分を含む液状の代用乳という飼料を給与する。生後3~4ヵ月後,こんどは嗜好(しこう)性がよく栄養価の高い固形の人工乳という配合飼料を与えて育成する。畜産の分野ではこの液状の代用乳の給与をやめて,固形の人工乳を給与しはじめることも離乳といっている。なお,経済性を重視して,乳用子牛の離乳時期を生後40~50日とする早期離乳が普及している。
執筆者:野附 巌
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
乳汁のみで栄養をとっている乳児に、種々の半固形食を与え、しだいにその硬度と量を増し、幼児の固形食形態に移していく過程をいう。離乳完了とは、おもな栄養源が、乳汁以外の食物になる時期をもっていう。離乳すべき時期を重視して「断乳」という表現も用いられていたが、乳児にストレスを与えることを避け、時期にこだわらず自然に離乳を行うことが主流となり、「卒乳」ということばが使われるようになっている。
離乳食として最初に与える食品は、各民族の食習慣と密着しており、さまざまである。南方諸国ではバナナを用い、イモを主食とする高地民族は、イモをかんで与えるという。またエスキモーのように生肉を常食する民族では、それを離乳食に与えるという。いずれにしても、その与える素材によって、離乳開始時期も異なるようで、その民族なりの合理的な離乳の進め方が定着しているとみてよい。
離乳の進め方については、従来はどういう食品をいつごろから、どういう順序で与えるかという「食品中心主義」が一般的であった。これに対して離乳栄養食の研究で知られる医師の二木武(ふたきたけし)(1925―1998)は、食品の種類、順序、配列にはまったく意味がなく、たいせつなのは、どのような素材であっても、乳児に受け入れやすい形に調理してさえあればよいという、「調理形態主義」を主張し、離乳のポイントがそしゃく能力の獲得にあるとしている。したがって離乳の進め方は、調理形態で軟らかいものから硬いものへと進めること、量を少しずつ増やしていくこと、栄養のバランスをとって与えることが基本となる。
[帆足英一]
目安としては、生後5か月ごろが妥当と考えられるが、あくまで個人差を考慮し、発育の速やかな、食欲の旺盛(おうせい)な子は早めに、そうでない子は遅めにと、個性を尊重することが望ましい。
[帆足英一]
離乳を始めるときは、乳児の空腹な哺乳(ほにゅう)前の午前10時前後に、1日1回から開始する。新しい食品は、1種類ずつ増やし、同時に2種以上の食品を増やさない。分量は、1日1さじずつ増やし、便性や子供の一般状態を見ながら慎重に進める。調理形態としては、そしゃく能力や嚥下(えんげ)能力の発達に応じて変化させ、初期(5~6か月)は裏漉(うらご)ごししたペースト状のどろどろ、中期(7~8か月)は舌でつぶせるつぶつぶの固さ、後期(9~11か月)は歯ぐきでつぶせる程度の固さを目安に進めることが望ましい。食品群としては、穀類、野菜、タンパク質などを、栄養のバランスを考慮して与える。また薄味にして塩分を少なくすること、清潔に扱うことを忘れてはならない。
離乳のステップは、あくまで子供の発達段階を考慮しながら進めることが原則であり、それを無視し、月齢のみを考慮して進めるとつまずくことが多い。とくにそしゃく能力、嚥下能力の発達に応じて、調理形態を変化させていくことが必要である。また、授乳と同様、母親にとっても子供にとっても、離乳が楽しいひとときであり、母子関係を深めていく一つの過程であることを認識して進めていくことがたいせつである。
[帆足英一]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 母子衛生研究会「赤ちゃん&子育てインフォ」指導/妊娠編:中林正雄(母子愛育会総合母子保健センター所長)、子育て編:渡辺博(帝京大学医学部附属溝口病院小児科科長)妊娠・子育て用語辞典について 情報
…なお100日目にも〈百日祝(ももかのいわい)〉といって同じく祝いの餅が供されたが,これもすべて50日目に準ずる。それまで乳汁ばかりだったのをやめてゆく離乳の儀式化されたもので,後世では箸立て(箸初め・食初め)に受けつがれる。【中村 義雄】。…
…歩行,言語,識字,計算など心身の機能の発達状態の評価についても,正常な発達パターンを知ることがまず必要である(生理学)。 母乳栄養に始まり,その補助手段である人工乳汁栄養,乳汁から固形食への移行(離乳),消化管の機能が成熟するまでの間の食事(幼児食)など,小児に必要な栄養の種類,質・量についての知識(栄養学)も育児に欠くことができない。かつて小児の生命を脅かした肺炎,下痢・腸炎のような感染症,あるいはその他さまざまな疾患を予防し治療するための学問,すなわち病理学,診断学,治療学も育児を支える学問である。…
… 搾乳は季節によって異なるが,一般的に朝夕2回なされる。子が草を食えるまで成育して離乳させられると,乳雌は連日搾乳される。親子を隔離して子に哺乳を許さないと乳雌の乳が張り,子のいるキャンプ地に自発的にもどってくる。…
※「離乳」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
各省の長である大臣,および内閣官房長官,特命大臣を助け,特定の政策や企画に参画し,政務を処理する国家公務員法上の特別職。政務官ともいう。2001年1月の中央省庁再編により政務次官が廃止されたのに伴い,...
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