乳児に乳汁成分を与えることをいう。授乳の際の乳汁成分としては、母乳のほか、人工栄養として一般的に普及している調製粉乳が中心となっており、この育児用ミルクが入手できる限りは、原則として牛乳は用いないほうがよい。しかし離乳食が進行して3回食となる9か月ごろから牛乳に切り替えてよく、その際には牛乳をそのまま、ないしは少量の砂糖を添加して用いる。
乳汁としては、母乳がもっとも望ましいことは当然であるが、人工栄養、とくに育児用ミルクも年々改善されて母乳に近い組成となっており、母乳不足や種々の事情で母乳栄養が困難な場合は、育児用ミルクを用いても、発育に不安をきたすことはない。
出生(しゅっしょう)後初めての授乳は、母親の疲労回復や新生児の哺乳(ほにゅう)欲をみて、生後12~24時間後に試みる。このときの母乳は初乳とよばれ、乳汁成分が濃厚で、新生児は一過性の受動免疫も得る。生後2~3週を過ぎ、母乳栄養が確定すると、授乳時間は1回に15分ぐらいとなるが、実際には初めの5分間に、哺乳量の3分の2ぐらいを一気に吸う。授乳にあたっては、清潔なガーゼに湯を浸し、乳首をよくふいたうえで含ませる。授乳は、母親が座って乳児を斜めに抱き、母子ともに楽な姿勢で、まなざしをあわせ、心地よい環境のもとに行う。授乳後は子の上半身をまっすぐにさせ、わずかに前傾させた姿勢で背中を下から上へと軽くさすり、飲み込んだ空気を吐かせる。母乳の場合でも、乳頭の裂傷や乳腺(にゅうせん)炎、母親の感染性疾患などのときは母乳栄養を中止し、人工栄養に切り替えることが望ましい。また母乳栄養の際には、母体の栄養ならびに健康管理に留意し、母体の低栄養や極端な栄養素の偏りを生じないようにし、乳汁の質の低下を防止しなければならない。
授乳方法としては、自律授乳が一般的となっているが、生後2か月ごろまでは、乳児自身で授乳量を調整するには未熟であり、とくに人工栄養の際には1日量1000ミリリットル、1回量200ミリリットルを超えないように配慮する必要がある。しかし母乳栄養の場合には、乳児自身が授乳に際して筋肉の疲労を生じ、また母乳の分泌量にも限界があるため、自然に任せて差し支えない。授乳に際して母乳分泌量の不足をきたした場合には、随時育児用ミルクを調乳して補給しなければならない。このときは1回分を人工乳としたり、毎回人工乳を追加するなどさまざまであるが、乳児にあった方法をとればよい。離乳食の進行に伴い、しだいに授乳量は減少していくが、離乳食が1日3回となる生後9か月前後までは、母乳あるいは育児用ミルクでよく、その後牛乳に切り替えることが望ましい。この切り替えは、一挙に完全に変更させても支障なく、育児用ミルクと混ぜて薄くしたりする必要はない。
授乳にとってもっともたいせつなことは、母乳か人工乳かではなく、乳児にとっても母親にとっても授乳行動が楽しいものであり、母子関係をはぐくみ深めていくものであるということである。
[帆足英一]
母が子に乳を与えること。母が子に乳を与える行為は,哺乳類が子を育てるときに欠くことのできない行為であるが,母が分泌した乳を子が飲むという物理的な行為であるのみならず,肌と肌のふれあいを通じて,母と子のきずなを結ぶという精神的な行為でもある。
授乳が可能になるためには,母の手によって乳房が子に与えられなければならない。これはヒト独自の条件であって,他の哺乳類の子が,自力で乳房をさがし求めるのと対照的である。子には,乳房をさぐり,くわえ,吸啜し,乳を嚥下する反射がそなわっていなければならない。吸啜,嚥下反射は,在胎35週以前には不完全であるため,早産児は自力で乳を飲むことが難しく,チューブによる経鼻腔栄養が必要になることがある。成人に比べ乳児のほおの脂肪層は厚く,舌の位置が高いので,口腔内に陰圧をつくりやすく,乳首をしごきやすいようになっていて,口腔の構造そのものが授乳に適している。
母の側についていえば,子が乳首を吸う刺激が神経を介して脳下垂体に至り,脳下垂体前葉からプロラクチンが分泌され,それが乳腺細胞の乳汁分泌を促す。と同時に,脳下垂体後葉からは,乳首を吸われる刺激に加えて,精神的刺激によって(子どもの泣声を聞いたり,子どものことを思い浮かべるだけで),オキシトシンが分泌され,それが血行を介して乳腺細胞群のまわりにある筋上皮細胞に作用して収縮させる。これによって,乳が乳首から射出され(射乳反射let-down reflex),また子宮の収縮,つまり産後の子宮の復古を促す。授乳の際の触覚,圧覚,肌の温かさ,におい,視線のふれあいが,母から子へ,子から母への愛着の形成に役立つ。栄養を与えるという目的のためのみの授乳は生後8~12ヵ月で役割を終えるが,授乳による愛情の形成,交流,母子の精神の安定は,授乳を続けるかぎり,母と子に与えられるものである。
授乳開始の時期は,民族により,習慣によって異なるが,最近では,母子の愛着形成,泌乳の促進などの観点から,極力早期に(分娩台上で)始めるのがよいとされている。授乳間隔,授乳回数はとくに定める(規則授乳)必要はなく,子の欲するままに与えて(自律授乳)適当な間隔があき,体重が順調に増加するのが望ましい。
授乳期間もまたさまざまであるが,栄養のみを考えれば,母乳にかわる人工栄養の進歩,安全な離乳用食品の普及によって,どの時期に母乳を中止しても成長に支障はない。しかし,アレルギー性疾患の予防や心理的な観点からは,授乳期間は1年以上でも差支えないし,むしろ,そのほうがよいと主張する人もある。歴史的,文化人類学的には,授乳期間は数ヵ月から数年間と長短さまざまである。
人工乳を哺乳瓶を用いて子に与える場合は,母乳の授乳と以下の諸点で異なる。母乳は,子が乳首をくわえ,歯茎で口腔内に固定し,舌で乳暈部を上顎に押しつけてしごくことによって,射乳反射によってあふれ出てくる乳をしぼり出す。口腔内の陰圧で乳を吸い出す動作は従である。人工乳では,乳首を吸い,口腔内の陰圧によって哺乳瓶の中の乳を吸い出す動作が主である。
母乳と人工乳の成分が異なるのは当然であるが,そのうえ,母乳は授乳開始後しだいにpHや脂肪濃度が変化するが,人工乳は,同じ濃度,同じ味で変化しない。母乳の授乳に際しては,五感による母と子の交流があるが,哺乳瓶による授乳は五感の関与が乏しい。哺乳瓶による授乳に際しては,これらの点を考慮して欠けるところを補う配慮が必要である。
→乳
執筆者:澤田 啓司
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…授乳ともいう。子に乳を飲ませて育てることで,哺乳類にのみみられる行動。〈哺〉という字は〈口にふくませる〉という意味で,哺乳の成立には子の吸乳行動が不可欠である。吸乳行動は生得的で,生まれ落ちた子は直ちに自力で乳房に吸いつくことができる。そのために唇および舌はとくによく発達しており,コウモリ類では乳頭に吸いついたままで運ばれるほど吸いつく力は強い。ただし,最も原始的な哺乳類である単孔類では唇はなく,親にも乳頭がないが,育児囊中で乳区からしみ出た乳を舌でなめる。…
…(8)ビタミン ビタミンC50mg/日,ビタミンD400IU/日の添加が必要。(9)授乳量 1日1000ml,1回に200mlを超えない。授乳回数は1日5~8回とする。…
…授乳ともいう。子に乳を飲ませて育てることで,哺乳類にのみみられる行動。…
※「授乳」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
米テスラと低価格EVでシェアを広げる中国大手、比亜迪(BYD)が激しいトップ争いを繰り広げている。英調査会社グローバルデータによると、2023年の世界販売台数は約978万7千台。ガソリン車などを含む...
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