近代物理では、電子は粒子であると同時に波動でもある(粒子と波動の二重性)。その波長は電子の速度に依存し、ド・ブローイの公式によると、加速電圧150ボルトで0.1ナノメートル、1万5000ボルトで0.01ナノメートルである。これらの波長はX線の波長と同じ範囲にあるので、電子線を結晶に当てると、周期的に配列した原子で散乱され、X線と同様に回折現象をおこす。これを電子線回折、または電子回折という。この現象は1928年に、アメリカのデビッソンとガーマーLester Halbert Germer(1896―1971)ならびにイギリスのG・P・トムソンによって、おのおの独立に発見された。彼らは電子の波動性を実験的に証明した功績によって、1937年にノーベル物理学賞を授与された。彼らの発見の翌年に、日本の菊池正士(せいし)も同類の実験に成功し、今日、広く菊池図形(キクチパターン)とよばれている電子線回折に特有な図形を発見したことは有名である。
電子線回折は、用いられる電子線の加速電圧が比較的に低い場合(1000ボルト以下)と高い場合(1万ボルト以上)で実験技術に大きな差があるので、前者を低速電子線回折Low Energy Electron Diffraction(LEED)、後者を高速電子線回折High Energy Electron Diffraction(HEED)とよんで区別する。デビッソン‐ガーマーの実験は前者、トムソンと菊池の実験は後者だった。後者の実験法の模式図と回折写真の一例を示した( )。この回折写真は約20万ボルトの電子を輝水鉛鉱(モリブデナイト)の単結晶薄膜(はくまく)に当てた場合のもので、この中に見られる多数の斑点はX線のブラッグ反射に相当するもの、放射状の帯は菊池図形の一種の菊池バンドである。
電子線回折は、X線回折と同様に結晶中の原子配列の研究に応用されるが、電子線はX線より吸収されやすく、回折現象もわずかな厚さでおこるため、薄膜や表面の研究に適している。とくに最近は、結晶表面の第一層の原子配列さえ明らかにされている。この種の成果は(薄膜)集積回路などの技術の基礎としてきわめて重要である。電子線回折は電子顕微鏡の理論的基礎として欠くことができない。日本には菊池以来の電子線回折の伝統があり、電子顕微鏡の開発にも貢献した。
[上田良二・外村 彰]
『上田良二著『電子回折と電子顕微鏡』(日本物理学会編『日本の物理学史 上』所収・1978・東海大学出版会)』▽『三宅静雄編『実験物理学講座21 電子回折・電子分光』(1991・共立出版)』▽『田中通義・寺内正己・津田健治著『やさしい電子回折と初等結晶学――電子回折図形の指数付け』(1997・共立出版)』▽『日本表面科学会編『ナノテクノロジーのための表面電子回折法』(2003・丸善)』
真空中で電場により加速され,一定方向に進む電子ビームが結晶にあたると,電子のもつ波動性によってX線回折と同様な回折現象を引き起こす。この現象を電子線回折,または電子回折と呼ぶ。電圧V(kV)で加速された電子のド・ブロイ波長λは,であたえられる。ここでm,vはそれぞれ電子の質量と速度,hはプランク定数である。高速電子の場合にはこれに相対論的補正が必要となる。電子波は,結晶原子との相互作用によって弾性散乱され,各原子からでる散乱波は原子の相対的位置関係と散乱波の方向により決まる一定の位相差をもち,干渉によってブラッグ条件で定まる方向に強い回折波を生ずる。実際には,電子と原子の相互作用はX線に比べてはるかに大きく,その結果多重散乱,非弾性散乱の影響が無視できないので,電子線回折像および回折強度はかなり複雑になる。
最初の電子線回折実験は,C.J.デビッソンとL.H.ジャーマー(低速電子線,ニッケル単結晶。1927),G.P.トムソン(高速電子線,セルロイド多結晶。1928),菊池正士(高速電子線,マイカ単結晶。1928)らにより行われ,物質波の直接的検証として知られている。1960年以降,超高真空技術の発達に伴い,低速電子線回折(LEED(リード)と略称し,加速電圧数十~数百V),反射高速電子線回折(RHEED(アールヒード)と略称し,加速電圧数kV~数百kV)による固体表面の研究が盛んになった。図のa,bはそれぞれ高速電子線回折(略称HEED(ヒード))およびLEEDの回折装置の概念図である。前者では,フィラメントからでた電子は,陽極により加速され,収束電子レンズによりほぼ平行となる。試料表面を電子線に平行に近い位置におくと,RHEED像が得られる。後者では,スクリーンおよびグリッド1,2,3,4は試料表面に中心のある同心球面である。グリッド2,3は非弾性散乱をとり除くための網電極である。スクリーンには数kVの正の電圧をかけ,回折電子が蛍光スクリーンに十分な輝度をあたえるようになっている。HEEDとの違いは電子線のエネルギーのほかに,HEEDでは回折電子が入射電子と同方向に進行する(前方散乱)のに反し,LEEDでは反対方向に進行する(後方散乱)点にある。LEEDでは,電子のエネルギーが小さく,原子との相互作用が大きくなり,またRHEEDでは,入射電子の運動量の表面に垂直な成分がきわめて小さいため,結晶内部への侵入は表面層に限られる。したがって,いずれも表面構造にきわめて敏感である。電子線回折は,結晶,金属の表面構造,表面吸着層,表面処理,結晶成長,薄膜などの分野において重要な役割を果たしている。
執筆者:中野 滋
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
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