薄膜(読み)ハクマク(その他表記)thin film

デジタル大辞泉 「薄膜」の意味・読み・例文・類語

はく‐まく【薄膜】

うすい膜。うすまく。「薄膜トランジスター」⇔厚膜
[補説]多く、生物の器官などを覆うものは「うすまく」、蒸着などにより作られる化学的なものは「はくまく」と読む。

うす‐まく【薄膜】

はくまく(薄膜)

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精選版 日本国語大辞典 「薄膜」の意味・読み・例文・類語

はく‐まく【薄膜】

  1. 〘 名詞 〙 うすい膜。
    1. [初出の実例]「其次者脂矣。白如油。在薄膜為細嚢、名脂膜」(出典:解体新書(1774)二)

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改訂新版 世界大百科事典 「薄膜」の意味・わかりやすい解説

薄膜 (はくまく)
thin film

〈うすまく〉ともいい,コーティングcoating,あるいは単に膜などとも呼ぶ。類語として,foil,layerがあるが,現在は,前者には箔,後者には層という訳語がつけられている。広義には,日常感覚で薄いと考えられる物体すべての総称であり,したがって,シャボン玉,水の上に広がった灯油,包装用プラスチック,アルミ箔なども薄膜と称されることもあるが,学術用語としては,以下に述べるようにやや限定された使い方がなされる。すなわち,薄膜とは固体(まれには液体)表面上に気相が凝縮して形成された物体(一般には固体。液体のこともある)のことである。この場合の気相は,原子,分子,イオン,プラズマなどで構成されており,薄膜形成の過程は原子的過程であり,化学反応を伴うこともある。薄膜は大きさや形を変えずにある物体の性質を変えるという要求から生まれたものであるので,この要求が満たされていれば,厚さの制限はない。しかし,技術的,経済的などの現実的条件から無制限に厚い膜をつくることは困難で,現在,薄膜としてつくられているものの厚さの上限は10μmの桁である(ただし,この上限はしだいに大きくなる傾向にある)。

薄膜の形成は,大部分は固体表面(これを一般に基板という)への気相の凝縮による。この気相は常温で気体のものを用いるときもあり,また固体,液体のものを気化してつくることもある。凝縮による薄膜形成の過程は熱力学的には準平衡過程と非平衡過程の二つに大別される。準平衡過程で形成された薄膜の結晶構造は単結晶に近く,高品質の薄膜が得られやすい。一方,非平衡過程で形成された薄膜には,異常構造,非化学量論性などが現れやすく,品質に問題が生ずることもあるが,反面,新しい性質が生まれる可能性もある。

 準平衡過程による薄膜製造法の代表は気相成長法(CVD法。chemical vapor depositionの略)である。一般に気体を反応槽の中に入れ,加熱による反応で低蒸気圧の物質を生成させ基板上に凝縮させる。単結晶の薄膜を形成するため,単結晶基板を用いることが多い(単結晶基板上に単結晶が成長する現象をエピタキシーと呼ぶ)。CVD法において低蒸気圧物質の生成法としてもっとも簡単な方法は熱分解法である。例として,SiH4シラン)ガスを約1000℃に加熱,分解してSi単結晶薄膜を得る方法があげられる。また還元法もよく用いられる。例えばSiCl4ガスをH2とともに加熱するとSiが析出する。化合物薄膜の形成には化学輸送法が用いられる。この方法は反応槽に温度こう配をつけることが特徴で,例えば,高温側(~850℃)にGaをおいてここにAsCl3ガスを送り込んで揮発性のGaClを生成し,このガスを低温側(~750℃)に拡散させてAs4と反応させ,GaAsの薄膜を析出させる。

 非平衡過程による薄膜製造法にはいくつかの重要な方法がある。もっとも普及している方法は真空蒸着である。これは真空槽中で固体の薄膜材料を蒸発源に入れて加熱,蒸発させ,蒸発源よりはるかに低温の基板上に材料の物質を凝縮させる方法である。真空は10⁻2Pa以上でなくてはならない。蒸発源の加熱は抵抗加熱,電子ビーム加熱,高周波加熱,レーザー加熱などの方法による。ほとんどすべての物質に対してこの方法は適用可能であるが,化合物を蒸発させると,できた薄膜の組成が原材料と異なることが多い。蒸発源の周辺を冷却して蒸発した物質による雰囲気の形成を妨げ,シャッターによる蒸発の制御を容易にして薄膜の厚さを10⁻1nmの桁で制御できるようにしたうえで単結晶薄膜を形成する装置をとくに分子線エピタキシー装置という。

 薄膜材料を加熱,蒸発させるかわりに,イオン銃やグロー放電などで発生させた高速イオンを薄膜材料に照射し,イオン衝突で蒸発させる方法をスパッタリングsputteringといい,この場合の蒸発源に相当する部分をターゲットと呼ぶ。101~10⁻1Pa程度の不活性ガス(おもにAr)中での直流2極グロー放電で,陰極の物質はスパッタリングにより周辺の壁に付着するので,陰極周辺に適当におかれた基板上には薄膜が形成される。したがってターゲットは陰極上におかれたり陰極そのものが用いられたりする。ターゲットが絶縁物のときは帯電を防ぐため107Hz程度の交流をかける(高周波スパッタリング)。またイオンの生成の効率をあげるため,ターゲット近傍に磁場をかける方法をマグネトロンスパッタリングといい,現在工業的に利用される方法はほとんどこの形である。イオン化されるガスがO2,N2,CH4など活性のガスであると,スパッタリングの過程で反応により酸化物,窒化物,炭化物などができる。これを利用する方法を反応性スパッタリングといい,化合物薄膜形成技術として重要である。

 真空蒸着装置中に活性ガスを入れ,直流または高周波電場で放電プラズマを発生させ,蒸発源からの原子をそのプラズマをくぐらせて蒸着すると,原子は励起またはイオン化され,反応性が促進され良質の化合物薄膜が形成される(イオンプレーティングion plating)。プラズマでなく,加速電子で励起,イオン化する方法は,ホロー陰極放電法と呼ばれる。また,CVD法の変形で,高温で反応を行わせるかわりに,低温で放電を行わせて必要な物質を析出させる方法をプラズマCVD法といい,CVD法の反応槽に高周波または直流電力を導入する。SiH4の分解による非晶質Siの生成,SiH4とN2の混合ガスの反応によるSi3N4の生成などの例があり,また炭化水素系ガスのプラズマCVD法では,条件により,ダイヤモンド,グラファイトの薄膜ができる一方,重合によりポリマーの薄膜が形成されることもある。さらに電力のかわりにレーザー光など光エネルギーを導入して反応を起こさせる光励起CVD法も注目を集めつつある。このほか,特殊な薄膜製作法として,水の上に直鎖型脂肪酸を広げて単分子層をつくり,これを基板上にすくう方法がある。こうしてできた薄膜をラングミュア=ブロジェット膜という。

もっとも広く用いられている薄膜はAl蒸着膜であろう。Al蒸着膜は反射望遠鏡の反射鏡をはじめ各種の鏡,装飾用プラスチックコーティングなどのほか,IC回路中の電極,リードなどにも用いられる。一般に半導体,絶縁体上に導体薄膜を形成することをメタライゼーションmetallizationといい,ICのメタライゼーションは,Au薄膜-Pt薄膜-Ti薄膜などのような多層膜構造になりつつある。古くからある応用には,レンズの反射防止膜,干渉フィルターコールドミラーなど光の干渉効果を利用した薄膜があり,これには,MgF2,TiO2,ZrO2などの真空蒸着膜,イオンプレーティング膜が使われる。われわれが日常,時計や電卓などで目にする液晶表示装置には透明伝導性電極が用いられているが,これは現在,ほとんどがITO(indium tin oxideの略)と呼ばれるIn2O3を主成分としてそれにSnO2が添加された物質の薄膜であり,真空蒸着,スパッタリング,イオンプレーティングなどでつくられる。

 薄膜技術が材料技術として注目されるようになったのは,TiC,TiNなど一連の硬化膜が生産されるようになったからで,とくにTiCは硬さが大きく機械工具のコーティングとしてよく知られている。またTiNは金色を呈することから,金めっきにかわりつつある。なお,立方晶窒化ホウ素(cBNと呼ばれる)薄膜はダイヤモンドに匹敵する硬さをもつといわれ,注目を集めている。金属窒化物は金属的伝導性を示し,抵抗の温度係数は小さく,動作が安定なので,抵抗体として用いられるが,とくにスパッタリングでつくられたTa2N薄膜はその性質が優れている。またNbN,MoNなどの薄膜は,高温における超伝導体として関心をもたれている。

 スパッタリングでつくられたZnO薄膜は,フィルター用の弾性表面波素子(SAW素子という)としてテレビなどにも用いられており,CVD法によるSi単結晶薄膜はすでに古くから電子素子における機能材料となってきている。このほか,多くの機能材料その他一般の材料表面の保護や絶縁に,Si3N4,SiO2,Ta2O5などの薄膜が開発されている。磁気記録媒体としてはCo-Cr系合金薄膜が一部商品化されている。プラズマCVD法による非晶質シリコン薄膜は安価な太陽電池として研究が進められている。またプラズマCVD法でCH4を分解すると条件によってはダイヤモンド薄膜が形成されるので,その用途にも関心が集まっている。さらに分子線エピタキシー法でつくられるGaAsなどのⅢ-Ⅴ族系の混晶薄膜を多層構造として,結晶の格子定数より長周期の超格子構造をつくることにより,新しい電子素子が得られる可能性が論じられている。そのほか,各種材料の薄膜を用いた光IC,光導波路,各種のセンサーなどへの応用も試みられている。
執筆者:

薄膜の反射光が美しい色を示すことは,ニュートンリング,シャボン玉,水面上の油膜の色としてよく知られている。白色光で薄膜を照明した場合,もし薄膜からの反射光の強さが各波長について一様であれば,反射光は光源と同じ白色を示すはずである。しかし,薄膜を白色光で照明するとき,膜の表面,裏面からの反射光または透過光が干渉し,明暗の条件が波長によって異なるために,薄膜の反射光に色が生ずる。これを薄膜の干渉色,または単に薄膜の色と呼んでいる。干渉色は,薄膜の厚さに対応して変化するが,厚さの変化に対して干渉色が急激に変わるところがあり,これを鋭敏色という。干渉色を利用すると,数nmから数百nm程度までの膜厚が精度よく測定できる。
干渉
執筆者:

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「薄膜」の意味・わかりやすい解説

薄膜(はくまく)
はくまく
thin film

このことばに術語としての明確な定義はないが、だいたいにおいて1マイクロメートル(1000分の1ミリメートル)以下の厚さの膜をさす。薄手の紙やセロファン紙の厚さが数十マイクロメートルだから、常識的には非常に薄い膜のことである。古くから知られている薄膜のよい例は金箔(きんぱく)で、厚さが0.1マイクロメートル以下のものがある。水面上の油膜(雨の日に道路の水たまりなどで干渉色を示している)やめっき層は、下地の上にのっており独立した膜ではないが、これらも薄膜とよばれている。この場合は厚さがナノメートル(1000分の1マイクロメートル)の桁(けた)のものもある。より薄くなると、多分子層や単分子層(または原子層)となるので、明確な境はないが、薄膜とはよばれない。

 薄膜は古くから物理学上の興味をひいていたが、これが技術的に重要になったのは、1950年以降といってもよい。薄膜技術は光学器械やマイクロエレクトロニクスで重要な役割を演じている。光学レンズは表面が薄青色に見えるが、これはガラス表面を他の物質の薄膜で覆い(いわゆるコーティング)、表面反射を減らしているからである。計算機の小型化に役だっている(薄膜)集積回路は薄膜技術の粋を集めたものといえる。薄膜の製作技術も非常な進歩を示し、電気めっきなどの湿式法よりも、真空蒸着法や気相中の反応を用いる方法が多く用いられている。

[上田良二・外村 彰]


薄膜(うすまく)
うすまく

薄膜

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化学辞典 第2版 「薄膜」の解説

薄膜
ハクマク
thin film

透過型電子顕微鏡の試料となる1 nm から0.1 μm の厚さの試料をいう.それ以上は厚膜とよぶ研究者もいるが,100 μm でも薄膜とよぶこともあり,厳密に定義されているわけではない.ただし,1 mm 以上は膜ではなくバルク(かたまり)である.電子機器の軽量化に伴い,薄膜電極,薄膜半導体などの開発が進み,薄膜という用語が従来の金属はくや人工膜にかわって用いられるようになった.生体膜に関連深いLB膜も薄膜の一種である.薄膜を気相から作製するには真空装置を必要とし,目的とする薄膜構造によって真空度も違ってくる.真空蒸着法(10-4 Pa,島状構造),スパッタリング法(0.1~10 Pa,多結晶化),化学蒸着法(0.1~1 Pa,単結晶化)などがある.有機化合物の薄膜をつくるには,上述のほかに,プラズマ重合法や分子線エピタキシー法などがある.また,液相から作製する方法には,上述のLB法や酸化膜をつくるための陽極酸化法などがあり,従来からの溶液塗布や電気めっきなどとともに,それぞれの特徴が利用されている.

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百科事典マイペディア 「薄膜」の意味・わかりやすい解説

薄膜【はくまく】

〈うすまく〉とも。固体表面の上に気相が凝縮して形成された層。厚さの上限は10μmくらい。材料により金属薄膜,半導体薄膜,絶縁体薄膜などがある。レンズのコーティングに用いる光学薄膜がよく知られているが,最近はダイオード,トランジスター,集積回路などの電子部品,コンピューターの記憶素子に用いる磁性薄膜,クライオトロンに用いる超伝導薄膜など,広範囲に応用されている。薄膜を使う電子部品は,小型軽量で大電力が扱え,高周波特性がよく,丈夫で材料が少なく量産可能などの利点がある。膜はふつう真空蒸着で作るが,スパッタリングsputtering,熱分解蒸着なども利用される。

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世界大百科事典(旧版)内の薄膜の言及

【薄膜】より

…類語として,foil,layerがあるが,現在は,前者には箔,後者には層という訳語がつけられている。広義には,日常感覚で薄いと考えられる物体すべての総称であり,したがって,シャボン玉,水の上に広がった灯油,包装用プラスチック,アルミ箔なども薄膜と称されることもあるが,学術用語としては,以下に述べるようにやや限定された使い方がなされる。すなわち,薄膜とは固体(まれには液体)表面上に気相が凝縮して形成された物体(一般には固体。…

※「薄膜」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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