家庭医学館 「非定型抗酸菌症」の解説
ひていけいこうさんきんしょう【非定型抗酸菌症 Atypical Mycobacteriosis】
おもに肺がおかされる病気で、非結核性抗酸菌症(ひけっかくせいこうさんきんしょう)(Nontuberculous Mycobacteriosis)ともいいます。非定型抗酸菌は、結核菌と同様、酸などに強い抗酸菌のなかまです。ふだんは土壌や水中など自然界で生きていますが、たまたま空中に飛んでいたのが肺に吸い込まれたり、水から皮膚についたりして感染するのではないかと考えられています。人から人へは感染しないので、患者さんを隔離する必要はありません。
非定型抗酸菌といっても、さまざまな菌があり、おかされる臓器、発病のようす、治療法がそれぞれ異なります。おもな菌種は、アビウム菌、イントラセルラーレ菌、カンサシイ菌です。
アビウム菌とイントラセルラーレ菌はよく似ているので、一括してアビウム‐イントラセルラーレ・コンプレックス型菌と分類されることが多く、非定型抗酸菌症の約7割がこれによっておこり、あとの約3割がカンサシイ菌でおこるといわれています。
この病気は、近年、増加する傾向にあり、とくにアビウム‐イントラセルラーレ・コンプレックス型菌によるものは、1985~90年にかけて行なわれた全国調査で、人口10万人あたり4.53人の患者さんがおり、これは、新たに発生した結核患者さんの約10%にあたります。
●感染と発病
多くの菌種で、菌が肺に定着して肉芽腫(にくげしゅ)(肺結核(「肺結核」))をつくり感染が成立すると考えられますが、どのように発病するかなど、まだよくわかっていません。
カンサシイ菌によるカンサシイ症は、発病のしかたや病変の形が、結核と似ています。
アビウム‐イントラセルラーレ・コンプレックス症では、結核や気管支拡張症(きかんしかくちょうしょう)など、肺の病気をしたことのある人や現在病気の人が発病することが多く、このため菌は肺の弱っているところに好んで感染するものと考えられています。しかし、少数ながら、明らかに健康であった人にも発病しています。
アビウム‐イントラセルラーレ・コンプレックス症は、全身の抵抗力の落ちた人も発症しやすく、粟粒結核(ぞくりゅうけっかく)(コラム「粟粒結核」)のような、全身性の病変をおこすこともまれにあります。現在、欧米では免疫抵抗力の落ちたエイズ(「エイズ/HIV感染症」)の人に発病しやすいため、大きな問題となっています。
[症状]
非定型抗酸菌症の肺病変に特有な症状というものはありません。せき、たん、血(けっ)たん、発熱、体重の減少がおもな症状ですが、結核に比べて菌の毒力が弱いため、症状は軽いことが多いようです。
カンサシイ症は、圧倒的に男性に多くみられます。アビウム‐イントラセルラーレ・コンプレックス症では発症の男女差はなく、ほとんどの場合、中高年に発病し、60歳代がもっともかかりやすい年齢です。
[検査と診断]
結核と同様の検査をしますが、非定型抗酸菌は結核菌を検出する抗酸性染色では、結核菌と区別がつきません。
培養した菌で、ナイアシン試験を行なうと、結核菌は陽性に、非定型抗酸菌は陰性になるので、区別できます。
さらに、菌のDNAを調べたり、培養した菌の群落の性質をいろいろな方法で検査して判定します。
胸部X線検査では、カンサシイ症の場合、結核と同じように、肺の上方に空洞(くうどう)を示す陰影がよく見られますが、結核よりも空洞の壁が薄く、周囲の散布陰影が少ない傾向があります。
一方、アビウム‐イントラセルラーレ・コンプレックス症の陰影は、もともとあった肺病変の影響を受けるため、非常に多彩です。女性では、肺の前方で中下方の部位(右肺では中葉(ちゅうよう)、左肺では舌区(ぜつく)といわれる部位)に、結節(けっせつ)を示す陰影として始まり、ゆっくり進行するタイプが多いのが特徴です。
非定型抗酸菌症は、結核とちがい胸水(きょうすい)がたまることはまれで、肺の組織の石灰化もきたさないといわれています。
結核のツベルクリン皮内反応(ひないはんのう)は、非定型抗酸菌の感染の判定には役立ちません。そのため、非定型抗酸菌からPPD(ツベルクリン皮内反応をおこす検査液)をつくる研究は行なわれていますが、現在まだ確立されていません。
[治療]
結核と同じように、抗結核薬を組み合わせた併用療法を行ないます。しかし、菌種によって選択する薬の種類や効きめが異なります。
カンサシイ菌は、薬の効き方が結核菌と似ていて、リファンピシン(RFP)とエチオナミド(TH)がもっともよく効きます。結核と同じように、イソニコチン酸ヒドラジド(INH)、リファンピシン、エタンブトール(EB)の3種の薬の併用療法を1年間続ければ、ほとんどの人は完治します。
しかし、アビウム‐イントラセルラーレ・コンプレックス菌は、薬が効きにくく、培養して薬の効果を調べる感受性試験もあてになりません。現在、抗生物質のクラリスロマイシン(CAM)が、単独の薬剤としては、もっとも有効とされています。
クラリスロマイシンに、抗結核薬のカナマイシン(KM)、リファンピシン、エタンブトール、エチオナミド、サイクロセリン(CS)のうち2~4剤を加えた3~5種の薬の多剤併用療法が、現在もっとも効果が期待されています。
しかし、1~2年間、併用療法をしても、完治はむずかしく、治療をやめると、病気が悪化しやすいのです。
病変部がかぎられていれば、まず多剤併用療法を行なって病気を抑え込み、その後、手術によって病変を除去すれば、完治する可能性もあります。
[日常生活の注意]
症状が軽ければ、ふつうに生活してかまいませんが、肝臓に負担のかかる薬が多いので、飲酒は控えます。症状が強い人は医師とよく相談しましょう。消耗が激しい人は、安静と栄養補給がたいせつです。呼吸困難や喀血(かっけつ)がひどいときは、入院も考えます。
[予防]
予防はまず不可能ですが、エイズの患者さんにかぎっては、アビウム‐イントラセルラーレ・コンプレックス型菌が消化管から侵入しやすいといわれているので、魚貝類の生食や水泳は避けるべきでしょう。