アメリカの作家フォークナーの長編小説。ヨクナパトーファ物語の一つ。1928年10月に完成、出版社をたらい回しになったあげく翌年10月に出版された。架空の町ヨクナパトーファ郡ジェファソンのコンプソン家3人兄弟の独白からなる第1~3部に、客観的な第4部が加わる。処女を失い、家名のため他の男に嫁がされ、離婚されたあげく、子供から引き離され、家からも受け入れられない一人娘キャディの生き方を軸に、南部の旧家の崩壊が鮮やかに描かれる。そのために用いられた奇抜な構成と方法は、社会に受け入れられない女性、すなわち現実のなかで宙づりになった人間存在そのものを浮かび上がらせている。第一部の語り手ベンジーは白痴だが、彼の混乱した意識の流れをたどることによって、かえって姉キャディのイメージとその死の意味がくっきり浮き彫りにされる。自殺する兄クェンティンの独白は知性の崩壊を、現実的な次兄ジェーソンのそれは現実社会との皮肉な対照を、最終章に登場する黒人老婆ディルシー――狂気の滅びの家の物語のなかで、ただ一人正常で、愛と信仰に生きる――の人間像は、そのあとに持続してゆくべきものを力強く暗示する。
なお、この作品の表現技法の実験性(意識の流れ、時間的に転倒した四つの章、客観的な多元描写、文字表現のくふうなど)は、構造主義以降の批評家の間で新しく見直されようとしている。
[大橋健三郎]
『高橋正雄訳『響きと怒り』(講談社文庫)』
アメリカの小説家フォークナーの作品。1929年刊。題名はシェークスピアの《マクベス》からの引用。いっさいの心の迷いを捨て,自己の才能のすべてを賭けて書いたフォークナーの初期作品。故郷であるミシシッピ州北部の地を舞台とする,いわゆる〈ヨクナパトーファ物語〉連作の第2作で,崩壊してゆく南部農園家族コンプソン家の人たちを主人公としているが,3人の兄弟の内的独白に,作者自身の視点からする語りを加えた,きわめて実験的な小説である。ことに第1章では,口もきけずにうめいている33歳になる白痴ベンジーが,現在の行動と過去の記憶の断片を一見無秩序に語るという,極度の実験を試みているが,そうした物語の解体の底から,ベンジーの姉で彼の愛するキャディという一人娘の淪落(りんらく)に象徴される,一家の悲劇と歴史の推移が浮彫にされる。ジョイス流の意識の流れにいっそうの現実感覚を盛りこみえた傑作で,福永武彦,井上光晴などの作家にも大きな影響を与えた。
執筆者:大橋 健三郎
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… その第1作《サートリス》(1929)は,フォークナー自身の家族をモデルにしたサートリス家の物語で,南北戦争以来の苦悩を担ったサートリス家の人々,とくに帰還兵士の青年ベーヤードの破壊的な生活とその苦悩を描いた。これはそれほど実験的な作品ではなかったが,次作《響きと怒り》(1929)は,作者がいわば背水の陣をしいてあらゆる才能を賭けた稀有な実験小説で,ここに初めて彼は自己の尽きない創作の鉱脈を掘りあてた。この作品では,コンプソン家を背景に,土着的な主題が内的独白を主軸とする最も新しい方法で描きとられ,個別的な土地と家族の問題が普遍的な視野から鮮やかに浮彫にされている。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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