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飛騨工 ひだのたくみ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

飛騨工
ひだのたくみ

斐陀匠とも書く。古代,飛騨国から中央政府へ貢上した木工。飛騨は山国で,古来,木工の名手が有名であるため,令制では特に当国だけは庸・調を免じる代り里ごとに匠丁 (木工) 10人を1年交代で出させ,彼らの食糧を毎年中央に献上させた。

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デジタル大辞泉の解説

ひだ‐たくみ【飛×工/飛×匠】

ひだのたくみ

ひだ‐の‐たくみ【飛×工/飛×匠】

古代、飛騨国から毎年交替で京都にのぼり、主に木工寮(もくりょう)にいて公役に従事した工匠。斐陀匠。ひだたくみ。
今昔物語にみえる伝説的工匠。画工百済河成(くだらのかわなり)と技を競ったという。

出典|小学館
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百科事典マイペディアの解説

飛騨工【ひだのたくみ】

飛騨匠とも書く。古代の飛騨から朝廷に交替で勤務した大工。養老令に斐陀匠。割当て里(り)ごとに10人,衣食は各里の負担。平安時代には総員100〜60人に減。木工(もく)寮などに配属し,建築に従事。
→関連項目大工飛騨国

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

飛騨工 ひだのたくみ

今昔物語集」に登場する工匠。
絵師の百済河成(くだらの-かわなり)とわざくらべをする。飛騨工がつくった四面が扉のお堂は,河成がはいろうとすると扉がしまり,別の扉があく仕掛けで中にはいるのをはばんだ。のちには名工の代名詞となった。本来は都で建築に従事した飛騨(岐阜県)の大工のこと。飛騨匠,斐陀匠ともかく。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

飛騨工

古代律令制において,飛騨国(岐阜県)から中央に貢上した木工。令では,特にこの国だけ庸・調を免除する代わりに,1年交替で里ごとに10人を匠丁として徴発し,木工寮など建設関係の官司に配属して,都城の造営に従事させた。職制上は建築生産の下部労働力を担っていたに過ぎないが,古来より良材に恵まれた飛騨国出身の彼らの中には,優れた木工技術を有する者がいたかもしれない。令制の推移に伴って,制度としての飛騨の工は10世紀中ごろには正史から姿を消すが,都城建設の中で培われた技術は一般の建設需要にも応え,一方で,過酷な労役から地方へ逃亡した中に建築専業者として独立した者もいたであろう。平安中期以降は木工一般の呼称となっており,例えば『源氏物語』(東屋の巻)では遣戸を造った工匠として現れる。『新猿楽記』に,「八省・豊楽院の本図を伝え,造殿・造宮等の式方を鑑みた」檜前杉光なる人物が飛騨国の出身者として登場し,『今昔物語集』には,やはり平安京遷都時に豊楽院を建てた工匠が絵師百済河成と技比べをするが,その名を「飛騨工」としている。これらは都城建設時における工匠達の集団としての活躍を,檜前杉光や「飛騨工」なる架空の人物に象徴させたものであって,当時の名工像を端的に示すものであろう。その後,高度な技術・能力が工匠個人に求められた中世末期以降には,工匠個人を権威づける呼称ともなって,「飛騨工」名工説が近世を通じて定着していく。

(藤田勝也)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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