食品に放射線を照射して、殺菌、防黴(ぼうばい)、発芽停止などを行うこと。コバルト60からのγ(ガンマ)線などが使用される。2003年の時点で、53か国で計230品目以上の照射食品が許可され、そのうち32か国で計40品目について食品照射が実用化されている。照射を認める国は増えているが、安全上の理由から照射線量、目的、対象などに規制がある。
[河野友美・山口米子]
食品への照射は、原子力の研究・開発とともに進み、とくにアメリカでは、早くも1940年代にマサチューセッツ工科大学で研究が始められた。その後、陸軍において積極的に研究が進められ、1980年には農務省に研究が移管された。
照射食品の栄養学的な適合性や安全性についての検討は、国連食糧農業機関(FAO)、国際原子力機関(IAEA)、世界保健機関(WHO)の合同会合で1961年に始められた。当初は、照射による生成物を食品添加物とみなして安全性を管理する考え方があったが、1976年には、照射は加熱や冷凍と同様の物理的な処理であり、食品添加物とみなすのは妥当でないと見直しがされた。また、照射線量については、1980年に「10キログレイまでなら毒性学的には問題ない」とされたが、1997年になって「10キログレイを超えても安全」と規制緩和され、さらに、2003年には「10キログレイ以上の照射食品では、目的にあった線量が照射されているなら、適切な栄養を有し、安全に摂取できる」と変更された。コーデックス委員会(FAO・WHO合同食品規格委員会)は、1980年の合同会合の結論を受けて、1983年に照射食品の国際規格と照射施設についての国際基準を定めた。さらに2003年会合での議論に対応して、正当な必要性があれば、10キログレイを超えた高線量の照射ができるよう、規格改定がされている。
日本では1972年(昭和47)にジャガイモの発芽防止を目的とした食品照射が認可され、1974年から士幌(しほろ)町農協(北海道)の照射設備で実施されている。照射により食品中に変異原性物質や発癌(はつがん)促進物質などが生ずるおそれがあるといった安全性の問題や、消費者のコンセンサスが得られないなどの理由で、ほかの食品については許可されておらず、ジャガイモについても表示の義務がある。
[河野友美・山口米子]
殺菌を目的とした照射の例に香辛料がある。アメリカをはじめフランス、オランダ、ベルギー、カナダ、南アフリカ、中国、韓国、インドネシアなど、食品照射を認可している国の多くが香辛料への照射を実用化している。日本でも、香辛料の業界団体から申請が出されているが、2011年(平成23)7月の時点では認可されていない。香辛料以外でも、アメリカで病人食、宇宙食、生鮮果実、鶏肉、牛肉、豚肉、フランスで冷凍鶏肉、ベルギーやオランダで冷凍魚介などの殺菌処理が実用化されている。
殺虫処理の目的では、アメリカで輸入青果物について認可されている。また、オーストラリア、ニュージーランドなどでは、検疫のための処理法として認可されている。
発芽防止の目的では、日本でのジャガイモの照射のほか、中国、韓国、南アフリカなどではニンニクの処理が実用化されている。
その他の照射目的や対象食品として、ハムなど畜産製品の亜硝酸使用量を減らすための利用、野菜類の保存性の向上、飼料の殺菌やカビ止めなどがある。
[河野友美・山口米子]
『世界保健機関・国連食糧農業機関編、林徹訳『食品照射――食品の安全性の保持及び向上のための技術』(1989・光琳)』▽『世界保健機関編著『照射食品の安全性と栄養適性』(1996・コープ出版)』
食品に放射線をあて,発芽を抑制したり,腐敗微生物の殺菌,食中毒細菌の殺菌,害虫の殺虫などを行って,貯蔵期間の延長をはかる技術。このような放射線処理をされた食品は照射食品と呼ばれる。α線,β線,γ線などの放射線は,生物に対し種々の効果を表す。その効果を積極的に利用する技術として開発されたものの一つである。
放射線が生物に対し影響をもち,微生物を殺菌できることは古くから知られていたが,食品の殺菌に利用しようと考えたのは第2次世界大戦後である。すなわち,原子炉を利用して放射性同位体が大量に得られるようになってからである。最初の研究はアメリカ陸軍において軍用食料の殺菌のために行われた。その後,原子力の平和利用という立場から,この新しい技術を国際的に協力して推進しようということになり,国際原子力機関(IAEA)が中心となり,国際的研究が行われるようになった。日本でも科学技術庁が中心となり,1966年より国家プロジェクトとして研究を開始した。
大別して殺菌,殺虫,生育制御に分けられる。完全殺菌のためには3~5メガラド(100ラド=1 Gy)という高い線量を必要とする。畜肉,魚肉加工品などが対象として考えられているが,このような高い線量を照射すると,いわゆる照射臭というにおいが生成したり,また経済的にもコストが高く実用化の見通しはうすい。ただ変質が直接食品の品質低下につながらない発酵原料,飼料,汚染水などでは殺菌の試みがある。そこで,完全殺菌に必要な線量の20分の1から30分の1の照射により,食品についている微生物のほとんどを殺し,貯蔵期間を2~3倍に延長しようという試みがある。対象としては畜肉,卵,魚介類があり,主としてサルモネラ菌の殺菌を目的とする。この線量では照射臭などの副反応もなく,冷凍に比較しエネルギーも消費しないので,実用化の可能性が強い。殺虫は米,小麦などの穀物の貯蔵害虫の殺菌,オレンジ,パパイアなど果実類のハエの殺虫,香辛料のダニの殺虫が試みられている。必要線量は10~15キロラドである。生育制御はバレイショ,タマネギ,ニンニクの発芽防止,バナナ,パパイアの熟度の調整,マッシュルームの開傘防止などである。必要線量は発芽防止で5~15キロラド,他のもので100キロラドである。
食品照射は新しい技術であるから,その安全性を確かめる必要がある。国際的協力研究も安全性試験にその大半をさいた。1970年から78年にわたり,世界24ヵ国が分担し,動物実験を中心とした安全性試験を実施した。内容は短期・中期・長期毒性試験,催奇形性試験,繁殖試験,変異原性試験,発癌性試験である。その結果はFAO,WHO,IAEAの3国際機関の合同会議により検討され,すべての食品について1000キロラドまでの照射は安全性に問題がないとされた。
国際機関における評価はなされても,食品照射を実施するかどうかは各国の事情による。世界各国とも食品照射は法律によって規制している。最も多くの国で許可され,また実用化しているのは香辛料の殺菌で,28ヵ国で許可され,22ヵ国で実用化している。次いでバレイショとタマネギの発芽防止が27ヵ国で許可され,前者は6ヵ国,後者は7ヵ国で実用化している。その他,食鳥肉の部分殺菌,乾燥野菜の殺菌などを許可している国が多い。また,穀類の殺虫がウクライナでのみ実用化しているが,その規模は大きい。日本においては1972年にバレイショの発芽防止について許可がおり,北海道の士幌に実用プラントが建設されている。この照射装置はコバルト60の30万キュリー(1キュリー=3.7×1010Bg)を線源として,1日24時間操業で300tのバレイショの照射ができる。バレイショの収穫期3ヵ月間のフル操業を行えば,約3万tの処理が可能である。バレイショは1.0m×1.6m×1.3mのコンテナーに入れ,円筒型の線源の周囲を1周する間に四方から照射が行われる。1974年以降,実際に稼働しており,それまでの春先の端境期の市場価格の高騰が抑えられ,すぐれた経済効果を発揮している。
執筆者:田島 真
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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