心理学の専門語では心的飽和という。単純であっても複雑であっても、一つの仕事を継続していると飽きが生じてくる。自分が興味をもっている仕事では飽きはあまり生じないが、興味がない単調な仕事や、複雑でしかも興味がない仕事では飽きは急速におこってきてしまう。飽きが生じてくると、仕事の質が悪くなったり、量が減ったりしてくる。よく嫌気がさすというのはそのような状態のことである。この状態を強制的に続行させると、情動的な爆発や仕事の放棄がおこるばかりでなく、仕事を強制した人に対する暴力行為に発展することもある。このように心的飽和が過剰になった状態を過飽和という。長時間にわたって心的飽和の状態に置かれると、当然、欲求不満(フラストレーション)を永続させることになるから、欲求不満耐性(フラストレーション・トレーランス)の脆弱(ぜいじゃく)な人は、容易に混乱状態に陥ってしまう。親や教師に対する暴力事件のなかには、強制的な勉強による心的飽和に原因するものも多い。心的飽和による爆発は葛藤(かっとう)(コンフリクト)によってもおこってくる。ある仕事を成就しようとする欲求と、めんどうな仕事を放棄してしまえという欲求との葛藤である。
飽き、すなわち心的飽和に陥ったときには、一時的に方向を転換し、少したってふたたびもとの仕事に戻るようにすればよいのであるが、多くの人はがまんして自分で自分を強制してしまう。他の仕事に向かうことによって心的飽和はかならず打ち消される。受験勉強に集中しているときに心的飽和に陥ったら、短時間自分の趣味に手を出したり、音楽を聴いたりすれば、効率的にもとの勉強を継続することができる。いわゆる息抜きである。「ながら族」といって、一つのことをしながら他のことをする若者がいる。ステレオを聴きながら編物をしたり、勉強したりする人たちである。編物のような場合は反復的動作が特徴なので問題ないが、勉強のような記憶や理解を必要とする場合はマイナスになってしまう。ある仕事で心的飽和が生じると、それに類似した他の仕事にも嫌気がさしてくる。これが共飽和という現象である。そこで息抜きのプログラムをつくるときには、もとの仕事に類似したものをもってこないようにくふうすべきである。寄席(よせ)では、落語だけでなく講談、手品、歌謡曲、漫才など多くのバラエティを並べて観客が心的飽和に陥らないようにしている。
ドイツの心理学者であるレビンの弟子たちは、心的飽和について次のような三つの法則をたてている。
(1)欲求が満足されるにしたがって心的飽和がおこってくる。
(2)熱心にやっている仕事ほど心的飽和がおこりやすい。
(3)その人の性格や与えられた仕事の仕組みによって心的飽和の様相は変わってくる。
心的飽和をおこしやすい人の性格特性としては、次のようなものをあげることができよう。意志欠如性(意志が自立していない、しっかりしない、フラフラしている)、不安定性(意志活動のブレーキが弱い)、気分易変(いへん)性(気分が安定していない、突然不機嫌になってくる)、爽快(そうかい)性(いつも浮いた気分、おっちょこちょい)、爆発性(怒りの情動が放出されやすい)。
[大村政男]
どんな作業でも同一の作業を長時間にわたって続けると,作業の量や質の低下を生じ,変化を求めたくなる。この状態を飽きといい,また心的飽和psychical satiationともいう。さらに作業を続けると感情的爆発や短絡行動,作業の放棄が生じ(過飽和),またそれと類似した作業に対しても嫌悪が生じる(共飽和)。飽きが心理的なものとされるのに対して,疲労は生理的なものとされる。したがって,飽いてはいても疲労していないことがあり,その場合には気持ちが変わったり作業に新味が加わったりすると作業を続行できることになる。一般に,強い興味をもって始まった自我関与の大きい作業ほど飽きやすいとされ,それほどの興味ももたず機械的にやる作業のほうが長続きするといわれる。しかし飽きやすさは,個人の性格・能力,作業の性質や構造,集団効果などさまざまの要因に影響される。
執筆者:児玉 憲典
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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