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高松豊吉 たかまつとよきち

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

高松豊吉
たかまつとよきち

[生]嘉永5(1852).9.12. 東京
[没]1937.9.27.
応用化学者。東京帝国大学理学部化学科卒業 (1878) 。イギリスドイツに留学 (79~82) ,東京帝国大学理学部教授 (84) ,東京帝国大学工科大学教授 (86~1903) 。東京ガス社長 (09~14) 。工業化学会会長 (10~14) 。東京工業試験所所長 (15~24) 。主として明治の日本の化学工業開拓に尽力した。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

高松豊吉 たかまつ-とよきち

1852-1937 明治-昭和時代前期の応用化学者。
嘉永(かえい)5年9月11日生まれ。英・独に留学,明治17年東京大学教授,19年帝国大学工科大学最初の応用化学講座を担当。36年渋沢栄一にこわれて東京瓦斯(ガス)にうつり,42年社長。数おおくの化学団体の会長をつとめ,日本の工業化学界の元老といわれた。昭和12年9月27日死去。86歳。江戸出身。東京大学卒。著作に「化学教科書」「化学語彙」など。

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世界大百科事典 第2版の解説

たかまつとよきち【高松豊吉】

1852‐1937(嘉永5‐昭和12)
応用化学者。日本における近代化学工業の指導者。江戸浅草阿部川町の名主役の家に生まれ,洋学を志し,大学南校・開成学校をへて1878年東京大学理学部化学科卒業,翌年文部省留学生に選ばれイギリスおよびドイツで応用化学を修め,82年帰国,東京大学講師,84年教授に進み,86年帝国大学発足とともに工科大学応用化学科教授,88年工学博士,また85年以来東京職工学校(現,東京工大)で色染学などを講じた。1903年渋沢栄一に請われ東京瓦斯(現,東京ガス)に転じ,常務,専務をへて09年社長となり,14年まで在任

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

高松豊吉
たかまつとよきち
(1852―1931)

応用化学者。江戸の名主高松喜兵衛の二男として生まれる。1878年(明治11)東京大学理学部化学科を卒業して、イギリスとドイツの大学に留学した。1882年帰国後、東京大学講師となり、1884年教授となった。彼の建議により理学部から分離して工芸学部が新設され、帝国大学創立とともに同大学工科大学最初の応用化学第一講座(石炭・染料)を担当した。1903年(明治36)渋沢栄一に懇請されて東京瓦斯(がす)株式会社の常務となり、1909~1914年社長についた。1914年(大正3)農商務省に設置された化学工業調査会の筆頭委員となり、化学工業育成政策に尽力し、1915~1924年東京工業試験所第2代所長を務めた。そのほか、理化学研究所、学術研究会議などの設置に貢献し、東京化学会、工業化学会、日本薬学会など内外諸学会の会長・役員などを歴任、日本の応用化学の元老とよばれた。[山崎俊雄]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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