幸若(こうわか)舞の曲名。上演記録の初出は1545年(天文14)(《言継卿記》)。源義経主従が奥州の高館で討手の軍勢を待ちうけながら開いた宴のさなかに,熊野より鈴木三郎が到着する。義経より佐藤兄弟の残したよろいをたまわった鈴木は,たずさえた腹巻の由来を物語り,これを弟の亀井六郎に譲って,翌日の合戦では兄弟ともに奮戦して果てる。弁慶は舞を一番舞って,敵(かたき)の中を斬ってまわるが,やがて痛手を負い,義経と辞世の歌をかわした後,衣川(ころもがわ)のあたりで立往生する。なお,源義経の自害の梶原景時の死を語る《含状(ふくみじよう)》はその続編である。《義経記》巻八,《義経物語》巻八などと同じく,義経をめぐる物語のうち,奥州高館における最期を中心とする。特に赤木文庫本《義経物語》とは密接な関係があり,両者の背後には膨大な量の義経の物語の存在が想定されている。前半の鈴木三郎が合戦の前日に間に合って一番に討死する話と,後半の弁慶の立往生に至る勇戦のさまが,赤木文庫本《義経物語》と多くのエピソードを共有するが,舞曲の表現はより詳しく躍動的である。また,鈴木三郎の物語として熊野鈴木党の神話としての熊野本地譚が挿入され,義経の守護者として〈生をもかえでたちまちに現人神と成たる〉という弁慶像の完結とともに宗教文芸の一面を見せる。なお,大方家蔵異本《たかだち》(1586年奥書)では《含状》をも含んで一曲とし,熊野本地譚を省略している。幸若舞とほぼ同じ内容の古浄瑠璃の《高館》,金平(きんぴら)浄瑠璃の《義経記》などに影響を与えた。
執筆者:阿部 泰郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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