準軍記物語。室町初期の成立。8巻。作者不詳。《判官(ほうがん)物語》《義経(よしつね)物語》ともいう。源義経の一代記だが,義経が平家追討の大将として活躍するもっとも華やかな時期の事跡はほとんど書かれず,幼少期と,平家滅亡後兄の源頼朝に追われて自殺するまでの逸話を内容とする。その点,語り本《平家物語》と相補関係にあり,成立当時の〈判官びいき〉の風潮を背景として,義経に関して一般には知られていない部分を主にしていると言える。つまり理想化ないし美化された〈牛若丸〉と〈判官殿〉を主人公とし,副人物に忠実な家来弁慶と愛人静御前とを配したロマンの香りに満ちた物語であって,御伽草子に通じるものがある。ただし物語としての構想は緊密さを欠き,前半には破綻も見られる。これはもともと独立して存在した各種の〈語り物〉をまとめあげたためと考えられる。それら〈語り物〉の管理者としては,京都の五条天神社に奉仕した陰陽師(おんみようじ),鎌倉の勝長寿院の法師,熊野神社の系統の修験道の山伏,奥州の座頭などが想定されている。それらを《義経記》として編成したのは,京都の都市生活者として白河の印地打(いんじうち)など下層の庶民生活にも多大の興味を示す,好奇心旺盛な知識人であろう。《太平記》や仮名本《曾我物語》など同じころの軍記物語とはちがい,儒仏的な倫理に基づく批判や,行為の規範として故事説話を列挙する手法はとっていない。義経像は,その場その場の危機を機敏な行動力と才知で切りぬける無邪気で楽天的な性格を帯びている。
全編は巻四を連結部分として前後2部に分けられる。前半は,平治の乱の敗者源義朝の末子として鞍馬寺に預けられた牛若丸(遮那王)が逆境のうちで武将となっていく過程,金売り吉次に伴われての〈奥州下り〉,兵法書入手の〈鬼一法眼(きいちほうげん)譚〉,生涯の好伴侶となる武蔵坊弁慶の出生から義経臣従までの〈弁慶物語〉などが含まれる。後半は,弁慶・佐藤忠信・静ら郎従や愛人の活躍が中心となっている。頼朝に敵視される悲運のなかで主従恩愛のきずなの固さが,諧謔味を有する独特の表現で描かれる。頼朝への直訴を描く〈腰越状〉,土佐坊正尊による〈堀川夜討〉,嵐で難破して挫折した〈西国落〉,愛人との別離となる雪の〈吉野潜行〉,鎌倉での〈静の舞〉,苦難の〈北国落〉,頼朝勢を相手に最期をとげる〈衣川合戦〉など。いずれも能や幸若舞の〈判官物〉としても知られているが,《義経記》の筋立とは相違するものが多い。〈義経伝説〉の流布は,これら他のジャンルの作の影響のほうが大きいと言えよう。
→源義経
執筆者:村上 学
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軍記物語。8巻。作者不明。室町初・中期の成立か。『判官(ほうがん)物語』『義経(よしつね)物語』ともいう。源義経の一代を物語にしたもの。
本書の内容は巻4をつなぎとして前後の2部に分けられる。前半は、平治(へいじ)の乱の敗者源義朝(よしとも)の末子として鞍馬(くらま)寺に預けられた牛若(うしわか)が出自に目覚め、金売吉次(かねうりきちじ)に伴われて奥州へ下る途次で盗賊熊坂長範(くまさかちょうはん)を滅ぼすなどの冒険や、弁慶の生い立ちと、牛若が彼を清水(きよみず)寺で圧倒して郎従とする記事など、いわば幼少の雌伏期の物語である。後半は、平家追討後梶原景時(かじわらかげとき)の讒言(ざんげん)で兄頼朝(よりとも)の疑いを受け、討手(うって)土佐坊正尊(しょうぞん)を討ち取り、九州西下の途次で難船し、吉野山へ逃亡して愛人静(しずか)と別離、さらに北陸路を弁慶の活躍で多くの危機を突破しつつ奥州平泉に到着するが、藤原秀衡(ひでひら)死後、頼朝の甘言につられた泰衡(やすひら)に裏切られて、衣川館(ころもがわのたち)で鎌倉方の大軍を相手に弁慶や鈴木兄弟の奮戦むなしく最期を遂げる逆境の時期の物語であり、義経が平家追討の大将として歴史の進行上華やかに登場した時期はほとんど省略された変則的な伝記となっている。その点で語り本『平家物語』と相補関係にある。『義経記』成立期の義経伝説が幼少の貴公子牛若と流離の判官殿に集約されていたことは確かで、おそらく当時の判官びいきの思潮を背景に、並行して各種存在した義経伝説のうちから一種を選んで一代記風にまとめたものであろう。構想上破綻(はたん)もあるが、全体として義経の史実の像とは異質の、室町物語風なロマンに仕立て上げられている。登場人物の造型は行動的で楽天的だが、歴史の進行の必然性への見通しを欠いたものとなっており、当時の京都の都市庶民の生活感覚が反映していると考えられる。他の文学作品への影響は幸若(こうわか)舞曲の判官物からのほうが強く、『義経記』の真の流布は江戸初期の版本刊行以後である。
[村上 学]
『岡見正雄校注『日本古典文学大系37 義経記』(1959・岩波書店)』▽『梶原正昭校注・訳『日本古典文学全集31 義経記』(1971・小学館)』▽『角川源義著『語り物文芸の発生』(1975・東京堂出版)』
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「判官(ほうがん)物語」「義経物語」「義経双紙」とも。源義経の生涯を描く軍記物語。8巻。作者不詳。成立は幸若舞(こうわかまい)曲との関連や「平家物語」諸本との対応関係,婆娑羅(ばさら)風俗などからみて室町中期。「平家物語」が源平争乱期の活躍を扱うのに対し,巻4の1までの母常盤との日々,遮那(しゃな)王時代,藤原秀衡・鬼一法眼・弁慶との出会い,浮島ケ原での頼朝との対面,巻4の2の鎌倉腰越(こしごえ)での頼朝との反目,その後の吉野逃避行から北国落ち,衣川での最期までを詳細に語る。義経像の不統一や義経の影の薄い存在から判断して,個別に発生成長した語り物をもとに,一編の貴種流離物語を構成したと思われる。この影響下に謡曲・浄瑠璃・御伽草子などの判官物が作られた。「日本古典文学大系」所収。
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…たとえば,同じ軍記物語の《太平記》は,しばしば《平家物語》を念頭において,場面や人物像を構成している。《義経記(ぎけいき)》は,義経をめぐる《平家物語》の続編ともいうべき室町期の語り物であり,《曾我物語》は,その流動の過程で《平家物語》から構成上の影響を受けている。さらに能や狂言,幸若(こうわか)舞曲,室町期の物語,江戸期の各種小説,浄瑠璃,歌舞伎から近代の小説や劇に至るまで,直接もしくは間接的に《平家物語》の影響を受けている。…
…《吾妻鏡》や《平家物語》にその名が見えるので,実在の人物と考えられているが,詳しくは不明。その説話や伝承は,《義経記》をはじめ室町時代の物語草子,謡曲,幸若舞などに見え,各地の口碑伝説としても伝えられている。江戸時代になると,歌舞伎,浄瑠璃などの登場人物となってさまざまに脚色され,明治以後も唱歌に歌われるなど,弁慶ほど人々から親しまれた英雄豪傑も少ない。…
※「義経記」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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