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幸若舞 こうわかまい

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

幸若舞
こうわかまい

日本の中世芸能の一つ。曲舞の一流派名であったが,のちにこの舞全体をさすようになった。舞々 (まいまい) ,舞 (まい) ともいう。桃井幸若丸が始めたというのでこの名称がある。室町時代前期に興り,江戸時代初期まで行なわれた。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

幸若舞

室町時代初期に越前国(現福井県)で始まり、信長、豊臣秀吉らに愛好された。明治に入って急速に衰え、残っているのはみやま市瀬高町大江地区だけ。76年に国の重要無形民俗文化財に指定。地元の幸若舞保存会が毎年1月20日、五穀豊穣(ほうじょう)を祈って大江天満神社の幸若舞堂で奉納している。

(2010-01-20 朝日新聞 朝刊 筑後 1地方)

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デジタル大辞泉の解説

こうわか‐まい〔カウわかまひ〕【幸若舞】

室町時代に流行した、曲舞(くせまい)系統の簡単な舞を伴う語り物南北朝時代の武将桃井直常(もものいなおつね)の孫、幸若丸直詮が始めたと伝える。題材は軍記物が多く、戦国武将が愛好した。現在は福岡県みやま市瀬高町大江に残存。舞。舞々。

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百科事典マイペディアの解説

幸若舞【こうわかまい】

中世芸能の一つ。舞々とも。広義の曲舞(くせまい)の一種。室町時代の初めごろ桃井直詮(もものいなおあきら)(幼名幸若丸)が草子物に節をつけて語ったのが始まりという。
→関連項目大織冠百合若大臣

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防府市歴史用語集の解説

幸若舞

 中世にはやった舞[まい]の1つで、武士の世界を題材にした物語をうたうものです。当時人気のあった幸若座[こうわかざ]という一派にちなんで、このように呼ばれます。

出典|ほうふWeb歴史館
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デジタル大辞泉プラスの解説

幸若舞

室町時代から江戸時代にかけて流行した舞の一種。源平盛衰記、義経記などの軍記物語を題材とする。戦国武将の織田信長が愛好したとされる『敦盛』が有名。現在伝承されているものは福岡県みやま市瀬高町大江に伝わる「大頭流幸若舞」の8曲のみで、毎年1月に大江天満神社で奉納舞が披露される。1976年、国の重要無形民俗文化財に指定。

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世界大百科事典 第2版の解説

こうわかまい【幸若舞】

日本の中世芸能の一種。幸若舞曲(こうわかぶきよく),舞曲(ぶきよく)ともいう。曲舞(くせまい)の一流派であったので,幸若舞を曲舞ということもあり,舞,舞々(まいまい)という場合もある。曲舞の本流が室町時代の中期におとろえるが,その系統から,長い叙事的な語り物に簡単な動作の舞をともなった芸能があらたに起こり,唱門師(しようもんじ)などによって盛んに行われるようになった。この後期の曲舞の一流派が幸若流であるが,幸若舞という名称は,〈幸若系図〉などの伝承によると,その大成者桃井直詮(もものいなおあきら)の幼名幸若丸にちなんだものとされる。

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大辞林 第三版の解説

こうわかまい【幸若舞】

主として室町時代に流行した舞曲。桃井もものい直詮(幼名、幸若丸)の創始という。語りを主とし、扇拍子・小鼓・笛などの音曲に合わせて舞う。曲舞くせまいの一種で、曲節は声明しようみよう・平曲・宴曲を融合したもの。軍記物語に題材をとり、戦国武将が愛好した。大頭だいがしら・笠屋かさやの流がある。現在は福岡県みやま市瀬高町大江に残るのみ。幸若。舞。舞舞。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

幸若舞
こうわかまい

室町時代から江戸時代にかけて隆盛した芸能の一つ。曲舞(くせまい)、舞(まい)、舞々(まいまい)ともいわれる。その起源について幸若諸家の系図は、南北朝時代の武将桃井直常(なおつね)の孫幸若丸直詮(なおあき)が創始したと伝えるが、これらは江戸時代になってから作成されたもので、伝説の域を出ない。幸若舞は一般に曲舞とも称せられたように、室町中期以前に流行していた曲舞の流れをくむものであり、その担い手は声聞師(しょうもじ)などの賤民(せんみん)階層であったともいわれている。幸若大夫(たゆう)ということばの記録上の初見は『管見記(かんけんき)』嘉吉(かきつ)2年(1442)の条であるが、このころには各地に幸若舞が存在しており、なかでも越前(えちぜん)幸若が世間の好評を得ていたようすが他の記録からうかがわれる。幸若舞は題材を『平家物語』『曽我(そが)物語』などの軍記物語に取材し、武士舞的な要素が濃いところから、織田信長、豊臣(とよとみ)秀吉などの戦国武将に愛好され、その庇護下にあった越前幸若は社会的に恵まれた地位を得て繁栄した。幸若舞の詞章は「舞の本」といわれ、50曲が知られる。江戸時代に入ると越前幸若は幕府の式楽としての能楽よりも上席を遇せられる一時期もあったが、しだいに衰退し、やがて幕府崩壊とともに滅亡した。
 今日では福岡県みやま市瀬高町大江に大頭(だいがしら)系の幸若舞が伝承されている。1月20日に大江天満神社の舞堂で行われ、『安宅(あたか)』『高館(たかだち)』など8曲が上演可能。大江に伝わる『大頭舞之系図』によると、幸若の弟子筋にあたる者が1582年(天正10)に、筑後(ちくご)(福岡県南部)山下城主蒲池(かまち)家家来に伝授したとあるが、真偽のほどは定かでない。囃子(はやし)は小鼓のみで、大夫、シテ、ワキの3人が長い詞章を分けて謡い語る。謡と語りが主で、舞というほどの所作はなく、拍子にかかるツメで太夫が舞台を踏んで回るにすぎないが、今日伝承する唯一の幸若舞であるだけに貴重な意義があり、国の重要無形民俗文化財に指定されている。[高山 茂]
『笹野堅著『幸若舞曲集』(1943・第一書房) ▽荒木繁・池田廣司・山本吉左右編・注『幸若舞』全3巻(平凡社・東洋文庫)』

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世界大百科事典内の幸若舞の言及

【語り物】より

…盲御前(めくらごぜ)(瞽女)によって語られたと考えられる《曾我物語》,東北の盲法師ボサマのような人々によって語られた各地の伝説を集大成したと考えられる《義経記》,あるいは《無明法性合戦状》《保元物語》《平治物語》《明徳記》なども民間の語り部のような人物によって語られたと考えられるところから,語り物に分類されることがあり,談義僧などによって語られた《太平記》なども時には語り物とされることがある。 こういった中から室町時代の中ごろから唱門師の芸能として曲舞(くせまい)があらわれ,この曲舞の徒を舞々(まいまい)ともいうが,その一派の幸若舞(こうわかまい)は,しだいに娯楽的・芸能的要素を強め,広く庶民大衆に迎えられ,武将たちにも愛好されるようになった。また,室町末期になって漂泊伶人以来の呪術宗教色を濃厚にとどめたのは説経節(せつきようぶし)であり,大道芸として行われて〈門説経〉とも呼ばれた。…

【曲舞】より

…若狭,能登,相模などの地方でも舞々と称してこれをよくするものが現れた。中でも越前から興った幸若流は,15世紀半ばには京都に進出し,戦国期の武将などから愛顧を受け一世を風靡したので,後期の曲舞を幸若舞(こうわかまい)で代表させることがある。また女曲舞の座に笠屋,桐なども現れたが,近世に入ると新興の歌舞伎などの中に吸収された。…

【大頭流】より

…曲舞は15世紀の中ごろから変質を始め,長編の語り物に合わせて舞うようになる。その流派にはさまざまあったが,なかでも越前で興った幸若舞(こうわかまい)が主流を占めるようになる。この期の曲舞は単に舞とも称されるが,その舞の一流派に大頭流があり,《御湯殿上日記》の永正13年(1516)2月15日の記事をはじめ,以後の記録に時にその名が見える。…

【日本音楽】より

…そして,前期に包含していた滑稽(こつけい)な要素は狂言が継承し,能は厳粛さや悲劇的要素を主とするようになった。この猿楽能に似た曲舞(くせまい),幸若舞(こうわかまい)などもこの期に盛んに行われた(今では北九州の一部やその他に郷土芸能として残っている)。以上はすべて武家社会の芸能である。…

【舞】より

…拍子を重んじ,扇子を持って舞うのが特徴であった。曲舞は,猿楽の能にとり入れられると同時に,いくつかの流派に分かれ,室町中期以降,そのうちの幸若(こうわか)を名のる男舞の一派(幸若舞)が,軍記物を語り舞って武将たちに賞翫(しようがん)され,やがて江戸幕府に召し抱えられる。また,大頭(だいがしら)を名のる一派(大頭流)は民間に根を下ろし,笠屋の流派とともに女舞に勢力を張って,のち,歌舞伎の中に融け込んでいった。…

【舞の本】より

…広義には幸若舞(こうわかまい)の詞章を記した冊子のすべてをいうが,狭義にはそのうち,読み物として享受されるもののみをいう。演唱するための台本は正本(しようほん)といわれ,墨譜(ぼくふ)を付したものもある。…

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