昔話。動物と人間の男子との結婚を主題にした婚姻譚(たん)の一つ。貧しい男が、傷ついて地上に降りているツルを助ける。ある晩、美しい女が男の家に訪ねてきて、泊めてくれという。そのまま女は男の妻になり、機(はた)織りをする。織られた布は高く売れる。機を織るところを見てはならないという禁を破り男が機屋をのぞくと、ツルが体の羽を抜いて布を織っている。男がのぞいたのに気づいたツルは、そのまま飛び去る。動物の恩返しの要素が結び付いた異類女房譚である。ツルの織った布を西日本では「鶴の羽衣」とよんでいる。ツルのかわりにコウノトリになっている類話も多く、大阪の鴻池(こうのいけ)家の由来譚になっているものもある。結びが「播磨糸長(はりまいとなが)」の型をとり、水を入れた皿に針が置いてあったので、播磨国の皿池に行くと妻がいたとする類話も全国的に分布する。これらは大阪付近で成立した語り物に由来するのであろう。
室町期の物語草子『鶴の草子』(1662年刊本、奈良絵本など)も「鶴女房」の一例であるが、この昔話に特徴的な機織りの要素が欠けている。刊本では、ツルが化した妻が持ってきた金で富み栄えたとある。物語草子には、美しい妻に領主が横恋慕する挿話がある。刊本では、妻を奪うために攻めてきた軍勢を、妻の霊力で追い払い、奈良絵本では、菜の種一石と「わざわい」というものを持ってこいという領主の難題を、妻の力で果たすことになっている。これは「難題女房」の特色で、笛の名人が天人を妻にする「笛吹き婿」の昔話や、その類話である物語草子の『梵天(ぼんてん)国』とも一致する。難題を果たすために妻の故国を訪問する挿話も共通しており、「鶴女房」と「笛吹き婿」は一つの物語から分化したものである。その原型に相当する「天人女房」の難題型は、朝鮮、中国、インド、トルコをはじめヨーロッパにも広く分布している。そのうち朝鮮や中国には女房を田螺(たにし)とする話が10世紀以前からあるが、日本の「蛤(はまぐり)女房」の昔話や物語草子の『蛤の草子』はその類話で、難題の趣向はないが、機を織る挿話は入っていて「鶴女房」に近い。「鶴女房」は一群の異類女房の昔話のなかから個性化したものであろう。「竜宮女房」や「竜宮女房」型の「絵姿女房」も難題を伴う異類女房譚の例である。
[小島瓔]
異類女房譚。男に助けられた鶴が人間に姿を変えて嫁に来る。機屋(はたや)で布を織るに際しては,のぞかぬように男と約束をする。しかし,相手の破約によって,正体を知られて飛び去る,という話。各地に分布し,採集数も多い。嫁になる鳥は鶴が多いが,土地によってはヤマドリ,カモ,コウノトリ,キジなどと語る例もある。異類女房譚は,もともと男が女との約束を一方的に破って,悲劇的な結末を招くものである。女から課せられた約束事の一方的な侵犯である。〈鶴女房〉では,男が機織小屋をのぞくのがこれに当たる。この場合は機を織る女をみだりにのぞいてはならない,とする心意が投影されていると考えられる。昔話の世界では原則として,人間と異類との婚姻生活は全うできない。しかし,〈狐女房〉や〈蛇女房〉では,生まれた子を残していったり,目玉をくり抜いて与えるなどして,わずかに両者の関係は継続している。鶴女房譚は,婚姻の破局を説いて終わり,典型的な異類婚姻譚と理解することができる。なお,木下順二の《夕鶴》(1949)は,佐渡島に伝えられる話を素材にして成立した民話劇である。
執筆者:粂 智子
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…《幽明録》にもほぼ同趣向の話があり,美女の姓名は蘇瓊(そけい)で,従弟が杖で女を打つと雌の白に化したとある。白鶴,白はともに白鳥と同じであり,昔話でいう白鳥処女伝説,羽衣説話の一種であり,日本の〈鶴女房〉の昔話の前段をなすものである。しかし中国では鶴はその仙禽としての神仙趣味が強調されたためか,俗信,俗説,説話の方面に登場することはそれほど多くはない。…
※「鶴女房」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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