肛門(こうもん)および肛門周囲の病変の総称で各種の疾患が含まれるが、しばしば狭義に痔核をさすこともある。痔疾患は日本人に多いとよくいわれるが、その原因は便秘や下痢、排便習慣との関係が深く、人類共通の悩みといったほうがよい。
[竹馬 浩]
痔疾患には、次のようなものが含まれる。
〔1〕痔核系統の疾患 俗にいぼ痔とよばれる痔核や脱肛などがある。
痔核は、発生部位により次のように分けられる。
(1)内痔核は、肛門歯状線(直腸と肛門皮膚の境界線)より口側(上方)にできる痔核。
(2)外痔核は、歯状線より肛門側(下方)にできる痔核で、急性の血栓性外痔核と慢性の肛門皮垂がある。
(3)中間痔核(混合痔核)は、内痔核と外痔核が同時に発生し、粘膜側から肛門皮膚側にかけて一連の腫(は)れを生じたものである。
脱肛は、主として内痔核が肛門外に脱出し、還納できない状態になったもので、急性の脱肛を嵌頓(かんとん)痔核ともいう。直腸壁が肛門括約筋の下方へ滑脱する直腸脱とは異なる。
〔2〕痔瘻(じろう)系統の疾患 俗にあな痔とよばれるもので、肛門周囲膿瘍(のうよう)が自潰(じかい)して瘻管(トンネル状の管)をつくり、肛門の内外に交通をもつようになったものを痔瘻とよぶが、その瘻管の所在や走行によって種々の名称がある。
(1)単純痔瘻は、皮下や粘膜下にみられるものをいう。
(2)筋間痔瘻は、肛門内括約筋と外括約筋の筋間に主病巣をもつ痔瘻で、高位筋間痔瘻と低位筋間痔瘻に分けられる。
(3)坐骨(ざこつ)直腸隙(げき)痔瘻は、肛門挙筋下面の下骨盤隔膜筋膜と閉鎖筋膜および直腸に囲まれた領域の痔瘻である。
(4)骨盤直腸隙痔瘻は、肛門挙筋より上方に膿瘍腔(くう)が広がって生じた瘻管をもつ痔瘻である。
(5)馬蹄(ばてい)型痔瘻は、肛門後壁にできた痔瘻が肛門外括約筋の走行に沿って両側性に瘻管をつくり、馬蹄型に硬結を触れるようになったもので、半周性のものは半馬蹄型痔瘻とよぶ。
(6)複雑痔瘻は、瘻管の走行が複雑で、容易にその走行のすべてを追うことができないような痔瘻のことをいう。
〔3〕肛門裂創 裂肛ともいい、俗に切れ痔とか裂け痔とよばれるもので、肛門管上皮の縦の亀裂(きれつ)をいう。これが陳旧化すると、見張り痔や肛門乳頭肥大(いわゆる肛門ポリープ)を伴って亀裂が深まり、肛門潰瘍とよばれる状態になる。
〔4〕その他の肛門周囲の疾患 代表的なものは肛門周囲炎と肛門周囲膿瘍である。
肛門周囲炎は、肛門管および下部直腸周囲の炎症の総称で、歯状線にある肛門小窩(しょうか)に開口する肛門腺(せん)に、主として大腸菌が侵入して化膿を引き起こすことによるとされている。
肛門周囲膿瘍は、肛門周囲炎の結果、肛門直腸周囲に膿瘍を形成した状態をいい、裂肛や直腸異物創などからの感染もあるが、肛門腺を感染源とするものが多い。これが破れたとき、痔瘻になる。
なお、このほか次のようなものもみられる。
(1)肛門瘙痒(そうよう)症は、腸液、膿、汗などで肛門周囲に皮膚炎をおこしてかゆみを訴える状態をいい、ときにはその原因が白癬(はくせん)菌、カンジダ、寄生虫などによることもある。
(2)肛門狭窄(きょうさく)は、肛門手術による瘢痕(はんこん)、反復する裂肛により示指が通らなくなるほど狭くなった肛門管のことをいう。
(3)ホワイトヘッド肛門は、イギリスの外科医ホワイトヘッドWalter Whitehead(1840―1913)が考案した肛門全周にわたって環状に切除する痔核手術後にみられる直腸粘膜の外翻した状態をいう。
(4)完全直腸脱は、直腸壁全層が肛門外に脱出したものをいう。
(5)肛門神経症は、肛門部の違和感、不潔感、便の漏れ、直腸癌(がん)恐怖などを、局所所見がないのにしつこく訴えるものをいう。
(6)毛巣瘻は、仙骨部に発生する毛髪を内蔵した瘻管をいい、後天性で、痔瘻とよく間違われる。
(7)肛門異物とは、誤って食べた魚骨などが肛門近くで直腸に突き刺さり、痛みを訴えるものをいう。
(8)化膿性汗腺炎は、会陰(えいん)部や臀(でん)部のアポクリン腺の感染に始まる慢性蜂巣(ほうそう)炎である。
(9)肛門周囲にできる良性腫瘍(しゅよう)としては、嚢腫(のうしゅ)、粉瘤(ふんりゅう)、直腸カルチノイド、脂肪腫、血管腫などがある。
(10)コンジローマには、梅毒性のものとウイルス性のものがある。
(11)肛門皮垂は、肛門部の腫れが治癒したのち、皮膚がまくれてしわが寄ったものである。
[竹馬 浩]
ひと口に痔といっても、その成因は、血管性病変、感染症、機械的損傷、腫瘍などまちまちであり、その治療を一概に論ずることはできない。古くから対症療法としての民間療法や秘伝薬が多いが、原因療法を行わないとこじらせることがある。それぞれの関連項目を参照されたい。
[竹馬 浩]
『隅越幸男著『肛門の病気をなおす』(1981・保健同人社・保健同人健康ブックス)』
痔疾ともいう。肛門およびその周辺の病気の総称で,激しい苦痛を伴う疾患を意味する。そのため苦しい時の神だのみというのであろうか,古来,洋の東西を問わず,痔の神とか痔の妙薬についての話がいくつも伝わっている。すなわち,日本では海虫ヒルゴ玉のみそ汁とか鶏糞による温湿布などが痔の奇薬とされ,また江戸浅草の痔神や山谷寺町の〈さんやの痔の神〉の古記も残っている。西洋では,フランスの聖フィアクルSaint Fiacreが諸病とくに痔の守護聖人として有名で,ルイ14世も治癒祈願をしたといわれる。
痔には俗にいういぼ痔(痔核)hemorrhoids,piles,きれ痔(痔裂,裂肛)anal fissure,あな痔(痔瘻(じろう))anal fistulaなどが含まれるが,医学上これらはまったく別個の疾患である。また狭義には痔は痔核の同意語として用いられることが多いので,ここでは痔核について記述し,他の二つはそれぞれの項目にゆずる。
→痔瘻 →裂肛
痔核のできる直腸静脈叢は門脈系に注ぐが,静脈弁がないために,人間の起立している状態では直腸静脈内の圧は高く,このことが痔核発生の要因となっている。ちなみに四足獣では痔核の発生はきわめてまれである。また遺伝的素質の有無については明らかではない。
痔核は上・下直腸静脈叢が静脈瘤様に拡張し,慢性の感染を起こしているものである。直腸と肛門の境界部より上方に発生するものを内痔核,下方に発生するものを外痔核という。上・下直腸静脈叢には吻合(ふんごう)連絡があり,両者に痔核が発生すると,内外痔核あるいは混合痔核と呼ばれる重症の状態となる。また痔核は上直腸動脈の3本の最終枝を含んでいるため,この最終枝に一致した場所に発生することが多い。すなわち右前方,右後方,左側方が痔核の好発部位である。痔核があると,これが便秘の原因となったり,排便習慣を悪化させたりすることはあっても,便秘のために痔核が発生するとは限らない。従来痔核の原因といわれてきたこと,たとえば長時間座位で仕事をするとか,硬くて冷たいものの上に座るとか頻繁な下痢などは,むしろ血栓性外痔核(一種の血豆で疼痛が強い)を発生させる要因である。女性の痔核発生の原因として,しばしば妊娠があげられる。増大していく妊娠子宮による腸骨静脈の圧迫が,下直腸静脈叢の内圧を増加させて起こるもので,これは妊娠が終われば自然に治癒することが多い。しかし妊娠のたびに悪化していくものもある。
(1)症状 痔核の症状は出血である。この出血は便に混じることはない。出血の色は鮮紅色で,用便後のトイレットペーパーに付着する程度のものからぽたぽた便器に垂れるもの,噴射状に出血して便器を赤染するものまで,その程度はさまざまである。頻繁な痔核出血は二次性貧血をひき起こし,貧血の治療をしなければならなくなる。外痔核や内外痔核になると疼痛を伴い,排便に際しての疼痛は耐えがたいものがある。
痔核の重症度は,排便時に痔核が肛門外に脱出するかどうかで分類されている。出血のみで痔核脱出のみられないものを1度,脱出するが自然に還納するものを2度,手で還納しなければならないものを3度,常時脱出しているものを4度としている。ときには強い炎症,鬱血(うつけつ),血栓,浮腫などのために痔核が肛門外に脱出して還納することができなくなることがある。これが痔核嵌頓(かんとん)であり,痔核困難症ともいう。
(2)治療 原則として内科療法である。座薬や軟膏による治療のほか,抗炎症剤などの内服薬の投与である。3度以上の痔核では外科的に根治療法をする必要がある。これは痔核の形成に関与する動脈を結紮(けつさつ)して痔核を摘除するものであるが,そのほか痔核に硬化剤(フェノール液やキニーネ液など)を注入する注射療法,輪ゴムによる結紮療法や凍結外科療法(液体窒素や二酸化炭素)がある。
(3)予防 痔核発生の予防として,適度な運動やスポーツは肛門部の鬱血を除くのに効果がある。また日常肛門括約筋の収縮を繰り返すのもよい方法である。朝の便意を逃さず排便に努め,あまり時間をかけず5分間以内に済ませたい。排便後のトイレットシャワーや座浴による肛門清拭などはよい予防法である。
執筆者:立川 勲
古代エジプトの医学文書として名高い《エーベルス・パピルス》に,すでに痔疾の記録が見られる。痔は足の静脈瘤と同じように文明病といわれ,未開社会の人々には痔はないといわれる。《ヒッポクラテス集典》の中には,痔核と痔瘻とを専門的に扱った文書があり,その病理と焼灼法などの治療法が述べられている。ヨーロッパの中世の版画にも,痔の治療場面が見られる。歴史上の人物の中にも,フランスの政治家リシュリューなど痔に悩んだ人物は多数いた。
日本人は,繊維性食物を多量に摂取して排便量が多いこと,座位式の生活様式,便所の構造が排便体位に不適であることなどから,痔の多発・悪化を招いていた。古来多くの医書が痔を扱っており,庶民の間では痔の妙薬とか痔をなおす神仏など民間療法や俗信が広まっていた。松尾芭蕉は手紙に〈下血など度々はしり〉と書いているように,持病の痔に悩まされた一人であった。
執筆者:立川 昭二
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