HIVとAIDS

内科学 第10版の解説

HIVとAIDS(フラビウイルス)

(7)HIVとAIDS
概念
 HIV(human immunodeficiency virus)感染症は,1981年米国ロサンゼルスにおいて若い男性同性愛者5人にニューモシスチス肺炎およびほかの日和見感染症が認められたという報告がきっかけになって,明らかとなった疾患である.1983年に患者のリンパ節から新しいレトロウイルスが見つかり,ヒト免疫不全ウイルス(HIV)と命名された.HIVは,血液,精液および腟分泌液を介して感染が生じるが,主たる感染経路は性行為である.
 HIV感染者が,表4-4-5に示された23の疾患もしくは状態と診断された場合に後天性免疫不全症候群(acquired immunodeficiency syndrome: AIDS)と診断される.
原因
 原因ウイルスは,HIV-1あるいは頻度的には少ないがHIV-2である.
 HIV-1は,図4-4-13に示すように,一本鎖RNAウイルスで9つの遺伝子をもっている.gag,pol,envがHIVの基本的構造に関連した遺伝子である.gagがP24抗原を含むコアの蛋白質をエンコードする.polは逆転写酵素およびインテグレーションの酵素蛋白質をエンコードする.envはエンベロープの糖蛋白をエンコードする.tat,rev,nef,vif,vpr,およびvpuは遺伝子発現の調節に関連した蛋白質をエンコードし,この蛋白質がHIVの病原性に深く関与している.
疫学
1)世界:
WHOによると2011年12月末現在,生存しているHIV感染者は,3400万人で,そのうち2350万人がサハラ以南のアフリカに住んでいる.この地域ではこの1年に新たに180万人がHIVに感染しており,成人の有病率は4.9%に達している.しかし新規HIV感染者数は,ピーク時に比べて30%以上も減少している.ピーク時の1997年には推計260万人だったのが,180
万人になっている. AIDSによる年間死亡数も2004~2005年には年間220万人に達していたのが,2011年には170万人まで減少している.これはHIV療法によるものと考えられている.低・中所得国でも,1995年以降,抗HIV療法により1400万人が救命されている.HIV感染者が最も多いサハラ以南のアフリカでも,抗HIV療法の普及は進んできているが,なお2011年のAIDS死亡の約70%はサハラ以南のアフリカで起きている.
2)日本:
国内では2011年12月末現在,13704人のHIV感染者と6272人のAIDS患者が報告されている(凝固因子製剤による感染者を除く).AIDS発病後,はじめてHIV感染が判明する例が多く,二次感染予防の点からも大きな問題となっている(図4-4-14).
病態生理
(図4-4-15) 体内に侵入したHIVは,外膜のgp120によってCD4受容体と結合する.CD4受容体はヘルパーTリンパ球におもにみられるが,単球/マクロファージや樹状細胞/Langerhans細胞の表面にもみられる.HIVが細胞内に侵入するためには,CD4受容体だけでなくコレセプターの存在が重要で,ケモカイン受容体CCR5(マクロファージ指向性のHIVの場合)およびケモカイン受容体CXCR4(Tリンパ球指向性のHIVの場合)が主要なコレセプターである.HIVが細胞に結合しgp41が作用して融合が生じると細胞内へ遺伝子RNAと逆転写酵素(HIVの遺伝子RNAをDNAに変換する酵素)が送り込まれる.その結果遺伝子RNAよりDNAがつくられる.炎症が生じ,免疫の活性化が起きるとヘルパーTリンパ球をはじめとする宿主免疫系細胞も活性化し,HIVのDNAが宿主細胞のDNAのなかにランダムに組み込まれる.いったん組み込まれたHIVのDNAをプロウイルスとよぶ.プロウイルスからHIVの各種蛋白の合成およびHIV粒子がつくられ,成熟したHIVが細胞外へ発芽していく.本来,微生物などを排除するために惹起される炎症および免疫の活性化が,逆にHIVの増殖を引き起こしていると考えられる.
 HIV感染者は,HIVに対して細胞性免疫および液性免疫を獲得するが,多くの場合HIV感染症の進行を抑えることはできない.細胞性免疫はおもに細胞傷害性リンパ球(CD8陽性細胞)とCD4陽性細胞を介して行われる.特に重要なのがCD4陽性細胞によるHIVのコントロールである.しかしHIV自体がCD4陽性細胞に感染してしまうことが,HIV感染をコントロールするうえで大きな問題となっている.
HIVの増殖は,活性化されたCD4陽性細胞のなかで生じるので,HIV感染に応答するはずのCD4陽性細胞にHIVが感染し傷害を与える.その結果,HIVを特異的に抑制するCD4陽性細胞が減少してしまう.またHIVに感染したCD4陽性細胞の一部はメモリー細胞に分化し,HIVの遺伝子が組み込まれた状態で何十年も保持される.さらにHIVはウイルス表面の抗原決定基の変異が生じやすいこともあり,ますます細胞性免疫からのがれやすい.
 感染の進行とともにCD4陽性細胞数が減少し,日和見感染症やHIV関連合併症が生じやすくなる.CD4陽性細胞の減少は,末梢での破壊と産生低下による. 
液性免疫は細胞性免疫ほどHIVのコントロールに有用でなくまた有効な中和抗体の産生もほとんどみられない. HIV感染症の進行は,感染者1人1人で大きな差がみられるが,その原因としては宿主側の因子とウイルス側の因子が考えられている.宿主側の因子としては,高齢で感染した場合は,HIV感染症の進行がはやい.またコレセプターであるCCR5の32番目の対立遺伝子に欠損のある場合(CCR5-delta-32)はHIV感染に強力な抵抗性をもつ.またHLA B27あるいはHLA B57は長期未発症者と関連が深いとされている.一方ウイルス側の因子としてはTリンパ球指向性のHIVは合胞体を誘導しやすくCD4陽性細胞の急速な減少を生じさせる. HIV感染症ではHIVの複製が持続的に生じている.これは抗HIV療法を行っていない感染者はもちろんのこと,抗HIV療法により血液中のHIV-RNA量が検出できなくなっている患者でも起こっている.その結果,常に免疫の活性化と慢性炎症が引き起こされ,さまざまなサイトカインが産生される.このことが抗HIV療法中のHIV感染者で最近問題になっている早老化,骨脆弱性,非AIDS指標悪性腫瘍,心血管障害,糖尿病および慢性腎臓病の増加などと深い関係があると考えられている.
感染経路
 HIV感染者の血液,精液,腟分泌液,髄液,および乳汁などが感染源として重要である.
1)性行為:
一般成人での感染経路として最も多い.肛門および腟性交による感染が,口腔性交に比べ高頻度である.アフリカでの異性間性交におけるHIV感染では,陰部潰瘍の存在や,血液中HIV-RNA量に比例して感染効率が高くなることが知られている.
2)血液製剤:
HIVに汚染された血液製剤の使用によりHIV感染が高率に生じる.献血ではHIV抗体検査に加え遺伝子検査が行われ,ウインドウ・ピリオド(感染後HIV抗体が認められるようになるまでの2~6週間程度の期間)は短縮され安全性は高まっているが,献血によってHIV感染が生じた例が報告されており100%安全ではない.
3)医療従事者の感染:
HIVの感染力は,B型肝炎ウイルスに比較して弱く,針刺し事故における感染率は0.30%と報告されている.感染予防のためには,米国防疫センター(CDC)で勧告されたStandard precaution(標準予防策)が有用である.すなわち「患者がHIV,B型肝炎ウイルスなどの病原微生物に感染しているか否かに関係なく,すべての患者の体液の取り扱いに注意を払う」ことが重要である.
4)母子感染:
無治療の状態では25%の母子感染を認める.感染経路としては,子宮内での感染,産道での感染,および母乳からの感染の3つが考えられている.適切な母子感染予防(抗HIV薬投与や帝王切開の併用など)は母子感染率を1%以下まで低下させる.
臨床経過(図4-4-16)
1)急性感染期:
HIV感染後,数週間すると体内で爆発的なHIVの増殖がはじまり(HIV-RNA量で数百万コピー/mL),感染者の約50〜90%に発熱,リンパ節腫脹,咽頭炎,発疹などの自覚症状を認める.しかし自覚症状の程度はさまざまで,数日程度で軽快する場合も何週間も継続する場合もある.伝染性単核球症,インフルエンザ,麻疹,風疹,単純ヘルペス,急性ウイルス性肝炎,トキソプラズマ症および薬剤アレルギー反応などが鑑別疾患となる.これらを急性HIV感染症状と区別することは困難であり,感染リスクに関する問診および積極的にHIV感染症を疑うことが重要である.この時期にはCD4陽性細胞数が一過性に低下するが,ときに日和見感染が生じるレベルまで低下することがあるので注意が必要である.
2)無症候期:
感染後3~10年程度続くほとんど自覚症状のみられない時期.しかし感染者の体内では,HIVは1日あたり100億個つくられ,それがCD4陽性リンパ球に感染し,また破壊することを繰り返している.HIV-RNA量を測定することにより,HIV感染症の進行速度を予測することができる.
3)症候期:
CD4陽性リンパ球数が200個/μL未満になった頃からHIV関連症状がみられ,HIV-RNA量も増加してくる.口腔カンジダ症,繰り返す帯状疱疹,特発性血小板減少症などが,AIDS発病前にみられることもある.AIDS発病後は,CD4陽性細胞数が回復しないかぎり,さまざまな日和見感染症,悪性腫瘍およびHIV脳症などを生じる.
検査成績
 HIV感染者の経過観察に必要な検査として以下のものがある.
1)CD4陽性リンパ球:
CD4陽性細胞はTリンパ球のサブセットでありHIV感染症における免疫の指標となる.しかしCD4陽性細胞数自体はHIV以外の感染症,薬物,ストレス,栄養失調,ビタミン欠乏および生理的変動の影響を受ける.
2)HIV-RNA量:
血液中のHIV-RNA量は変動が大きく1/3から3倍程度の誤差がある.したがって5000コピー/mLと7000コピー/mLは差がないことを理解する必要がある.またHIV以外の感染症やワクチン接種などで一過性にHIV-RNA量が増加する.
診断
1)HIV感染症の診断:
感染の有無はHIV抗体検査により診断され,現在最も信頼性の高い方法である.HIV抗体が認められた場合は,HIV感染者であると診断される.ただし感染直後に検査した場合には抗体が認められないので注意が必要である(ウインドウ・ピリオド).抗体検査は2段階で行われ,スクリーニング検査としてELISA法およびIC法などが用いられる.スクリーニング検査では偽陽性が起きる可能性があるので,必ず確認検査を行う.確認検査としては,ウエスタンブロット法,HIV-RNA量が用いられる.しかし急性感染期には,ウエスタンブロット法は陽性にならないので,HIV-RNA量で診断する.
2)AIDSの診断:
HIV感染者が,エイズ動向委員会で定められた23の疾患もしくは状態と診断された場合にAIDSと診断する.
合併症
1)日和見感染症:
 a)ニューモシスチス肺炎:ニューモシスチス肺炎はAIDSで最も高頻度にみられる日和見感染症である.自覚症状としては乾性咳,労作時息切れ,呼吸困難,発熱が多くみられる.診断は痰,気管支肺胞洗浄液,経気管支的肺生検などからのPneumocystis jiroveciの証明である.胸部X線所見としては,通常はびまん性の網状粒状陰影を呈するが,さまざまな陰影がみられる.最近では胸部CTが診断に有用であり,地図状にground-glass opacityが増加し,末梢では間質に肥厚が認められる.治療には,ST合剤やペンタミジンが用いられる.
 AIDS合併ニューモシスチス肺炎は再発が多く,またCD4陽性細胞数が200個/μL未満のHIV感染者も肺炎を発症しやすいため,ST合剤およびペンタミジン吸入が予防薬として用いられる. b)サイトメガロウイルス感染症:サイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)は,AIDSでは網膜炎,消化管感染,中枢神経感染がよくみられ,移植の場合と異なり肺炎および肝炎は少ない.網膜炎の症状としては飛蚊症,霧視などではじまり,進行すると失明に至る.消化管では食道,胃,小腸,大腸に潰瘍を形成し,疼痛や出血,穿孔を起こす.診断は病変部からのCMVの分離,抗原検出,病理組織的診断である.治療には抗CMV薬のガンシクロビルやホスカルネットを用いる. c)カンジダ症:口腔,食道に多くみられる.自覚症状としては口腔内の痛み,嚥下痛,嚥下障害などがみられる.診断は肉眼所見,鏡検,内視鏡所見,病理学的所見などで行う.抗真菌薬によく反応する.フルコナゾールの内服が有効である. d)非結核性抗酸菌症:Mycobacterium avium complex(MAC)によって生じることが多い.AIDSでは全身性あるいは肺外の病変が多く,肺病変も典型的なものは少ない.発熱,食欲低下がみられることが多い.診断は血液,痰,骨髄,消化管病変生検部などからの菌検出である.CD4陽性細胞数が50個/μL未満ではMAC症を発症しやすくクラリスロマイシンやアジスロマイシンによる予防が必要である. その他,頻度の高い日和見感染症を表4-4-6に示した.
2)悪性腫瘍:
 a)Kaposi肉腫:顔面,四肢,口腔内,内臓などさまざまな部位にみられる悪性腫瘍.HIVによる免疫不全に加えてHHV-8が関与している.皮膚のみにみられる場合が多いが,肺のKaposi肉腫は,進行性であり治療が必要となることが多い.基本は抗HIV療法で,コントロール不十分の場合は抗癌薬,放射線療法などを用いる.
 b)悪性リンパ腫:AIDS合併悪性リンパ腫は,B細胞由来で,節外性浸潤(中枢神経,骨髄,内臓など)を特徴とする.非HIV感染者における悪性リンパ腫に準じて治療が行われるが,非HIV感染例に比べて予後は不良である.抗HIV療法の併用が治療成績を向上させる点で重要である.
3)HIV脳症
: HIV自身によって生じる疾患.認知症を主体とした症候群.自覚症状としては,認知症,脊髄障害,末梢神経障害などの神経症状がみられる.これらの症状が徐々に進行し,HIV感染以外のほかの病因がみられない際にHIV脳症と診断される.MRIで白質脳症の所見がみられることもある.治療は抗HIV療法.
予後
 抗HIV療法によりCD4陽性リンパ球数の増加およびHIV-RNA量を検出限界以下(20コピー/mL未満)まで減少させることができれば,良好な経過が期待できる.
治療
1)治療のタイミング:
CD4陽性リンパ球数が低値であれば,日和見感染症(ニューモシスチス肺炎など)の予防を行う.ガイドラインではCD4陽性リンパ球数にかかわらず早期の抗HIV療法が推奨されているが,治療成功には治療環境の十分な構築が必要である.
2)治療効果判定:
抗HIV薬の初期効果は,投与後4週間および8週間後の血漿HIV-RNA量で判定する.4週までに投与前の1/2~1/3以下に,8週目までに1/10以下にならなければ無効と判断する.最終的な目標は検出限界以下までHIV-RNA量を低下させることである.
3)抗HIV薬の分類と作用機序(図4-4-15):
 a)核酸系逆転写酵素阻害薬:逆転写酵素の基質を拮抗的に阻害する.テノホビルやエムトリシタビンなどが代表的な薬物である.
 b)非核酸系逆転写酵素阻害薬:逆転写酵素に直接結合して阻害する.エファビレンツなどが代表的薬物である.
 c)プロテアーゼ阻害薬:プロテアーゼを阻害しウイルス粒子が形成されるのを阻害する.ダルナビル,アタザナビルなどが代表的な薬物である.
 d)インテグラーゼ阻害薬:インテグラーゼを阻害しHIVのプロウイルスがヒトのDNAに組み込まれるのを阻害する.ラルテグラビルなどが代表的な薬剤である.
e)コレセプター阻害薬:コレセプターCCR5を阻害して,マクロファージ指向性HIVが細胞に侵入するのを阻害する. 表4-4-7にガイドラインで用いられている抗HIV薬を示す.[味澤 篤]
■文献
Guidelines for Prevention and Treatment of Opportunistic Infections in HIV-Infected Adults and Adolescents Recommendations from CDC, the National Institutes of Health, and the HIV Medicine Association of the Infectious Diseases Society of America. MMWR, 58: 1-207, 2009.Guidelines for the Use of Antiretroviral Agents in HIV-1-Infected Adults and Adolescents Developed by the HHS Panel on Antiretroviral Guidelines for Adults and Adolescents – A Working Group of the Office of AIDS Research Advisory Council (OARAC) March 27, 2012.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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