高血圧の病態に対して、血圧を下げる(降圧)目的で使用する薬剤。降圧薬とも称する。降圧作用メカニズムにより、(1)降圧利尿薬、(2)β(ベータ)遮断(しゃだん)薬(α(アルファ)β遮断薬を含む)、(3)α遮断薬、(4)中枢性交感神経抑制薬、(5)カルシウム(Ca)拮抗(きっこう)薬、(6)血管拡張薬、(7)アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、(8)アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)、(9)ミネラルコルチコイド受容体(MR)拮抗薬、(10)アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)、(11)直接的レニン阻害薬、に分類されている。このうち、日本では降圧利尿薬、β遮断薬(αβ遮断薬を含む)、Ca拮抗薬、ACE阻害薬、ARBの5種類の薬剤において、脳および心血管疾患の抑制効果が認められていることから、薬物療法の主要選択薬となっている。
高血圧治療では一般的に、日常の生活習慣の修正(偏食是正や減塩)、運動など非薬物療法を行うことが基本となり、これらで効果不十分な場合に薬物療法が行われている。薬物療法の実施にあたっては、個々の高血圧患者に対してもっとも降圧効果が高く、合併する種々の病態にも適した降圧薬が選択される。また、近年になり、患者のアドヒアランス(積極的で正しい服薬)向上と経済的負担軽減の観点から、作用機序が異なる薬剤どうしを一つにした配合製剤も登場している。
[北村正樹 2024年2月16日]
(1)降圧利尿薬
腎(じん)尿細管でのナトリウム(Na)と水の再吸収を抑制し、尿量を増やして循環血液量を減少させ、体内の過剰な水分を排泄(はいせつ)することで血圧やむくみ(浮腫(ふしゅ))などを改善する。降圧利尿薬は、腎尿細管の作用部位により遠位尿細管に作用するサイアザイド利尿薬(類似薬を含む)、ヘンレ上行脚(じょうこうきゃく)に作用するループ利尿薬に大別されている。また、降圧利尿薬のなかには、浮腫を引き起こす心不全などにも使用する薬剤もある。なお、薬剤服用により電解質失調(体液中のNaなどの電解質バランスが崩れること)があるので、定期的な血液検査が必要となっている。
副作用として、サイアザイド利尿薬では、光線過敏症、尿酸値の上昇、低カリウム(K)血症、低Na血症、低マグネシウム(Mg)血症など、ループ利尿薬では低K血症、低クロール(Cl)血症などに注意する必要がある。
具体的な製剤名としては、サイアザイド利尿薬としてトリクロルメチアジド、ヒドロクロロチアジド、ベンチルヒドロクロロチアジド、サイアザイド類似薬としてインダパミド、トリパミド、メフルシド、ループ利尿薬としてフロセミドが用いられている。
(2)β遮断薬(αβ遮断薬を含む)
交感神経のβ受容体を遮断し、心臓の過剰な動きを抑えることによる心拍出量の低下や、腎臓でのレニン産生の抑制などにより降圧効果を発揮する。β遮断薬には、高血圧以外に狭心症、頻脈性不整脈に使用する薬剤もあり、心臓選択性(β1)、内因性交感神経刺激作用(ISA)、α遮断作用、親水性・親油性、作用持続時間などにより薬剤ごとの特性がある。臨床現場では大きくβ1選択性、β1非選択性、血管拡張作用を発揮するα遮断作用をあわせもつ薬剤(αβ遮断薬)に分けられている。
注意すべきおもな副作用としては、循環器症状(めまい、ふらつきなどの血圧低下、脈拍が遅くなる徐脈、心不全の悪化によるむくみや体重増加など)、呼吸器症状(息苦しさなど)などがあげられている。なお、αβ遮断薬を含むβ遮断薬は、気管支喘息(ぜんそく)などの閉塞(へいそく)性肺疾患、徐脈、Ⅱ度以上の房室ブロック、レイノー症状、褐色細胞腫に対しては禁忌または慎重投与となっている。
具体的な製剤名としては、β1選択性薬剤としてアテノロール、ビソプロロールフマル酸塩、ベタキソロール塩酸塩、メトプロロール酒石酸塩、セリプロロール塩酸塩がある。またβ1非選択性薬剤としてナドロール、ニプラジロール、プロプラノロール塩酸塩、カルテオロール塩酸塩、ピンドロールが、αβ遮断薬としてアモスラロール塩酸塩、アロチノロール塩酸塩、カルベジロール、ベバントロール塩酸塩、ラベタロール塩酸塩がある。
(3)α遮断薬
交感神経末端の平滑筋側α1受容体を選択的に遮断し、末梢(まっしょう)血管拡張作用により降圧効果を発揮する。交感神経末端側の抑制系α2受容体を阻害しないことから、副作用として頻脈が起こりにくいという特徴がある。また、前立腺肥大を伴う排尿障害を有する高血圧患者には使用しやすい。初回投与現象として、めまいや立ちくらみなどの起立性低血圧を起こしやすいことから、少量から投与を開始し漸増する。
具体的な製剤名として、ウラピジル、テラゾシン塩酸塩水和物、ドキサゾシンメシル酸塩、ブナゾシン塩酸塩、プラゾシン塩酸塩がある。
(4)中枢性交感神経抑制薬
脳幹部のα2受容体を選択的に刺激し、交感神経緊張を抑制することにより、末梢血管を拡張させて降圧効果を発揮する。副作用として、眠気、口腔(こうくう)乾燥、疲労感、起立性低血圧などに注意を要する。
具体的な製剤名として、グアナベンズ酢酸塩、クロニジン塩酸塩、メチルドパ水和物がある。
(5)カルシウム(Ca)拮抗薬
細胞内へのCaの流入を阻害することで、冠動脈(心臓の動脈)を含む末梢血管の拡張作用、心収縮力の抑制などにより降圧効果を発揮する。また、冠動脈の拡張作用もあることから、狭心症や頻脈性不整脈に対する適応を有する薬剤もある。Ca拮抗薬は化学構造により大きくジヒドロピリジン(DHP)系とベンゾチアゼピン(BTZ)系に分類されているが、降圧作用が強く、高血圧に適応を有する薬剤も多いことから、日本ではDHP系薬剤が汎用されている。DHP系薬剤のおもな副作用としては動悸(どうき)、ほてり、頻脈、足首などの局所性浮腫、便秘などがあり、十分注意する必要がある。
具体的な製剤名としては、DHP系としてアゼルニジピン、アムロジピンベシル酸塩、エホニジピン塩酸塩エタノール付加物、シルニジピン、ニカルジピン塩酸塩、ニトレンジピン、ニフェジピン、ニルバジピン、バルニジピン塩酸塩、フェロジピン、ベニジピン塩酸塩、マニジピン塩酸塩がある。BTZ系としてはジルチアゼム塩酸塩がある。
(6)血管拡張薬
血管平滑筋に直接作用して血管を拡張することで降圧効果を発揮する。速効性があるものの、副作用が多いことから、妊娠高血圧症候群や高血圧緊急症以外には使用しにくい。具体的な製剤名としては、ヒドララジン塩酸塩がある。
(7)アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬
アンジオテンシン変換酵素(ACE)を阻害することで、血圧上昇や心筋の肥大化などに関与する物質(アンジオテンシンⅡ)の生成を抑え降圧効果を発揮する。心臓や腎臓の臓器保護作用もあることから、薬剤によって心不全や糖尿病性腎症などにも使用される。また、特有の副作用である空咳(からせき)の発現に十分注意する必要がある。
具体的な製剤名として、カプトプリル、リシノプリル水和物、アラセプリル、イミダプリル塩酸塩、エナラプリルマレイン酸塩、テモカプリル塩酸塩、デラプリル塩酸塩、トランドラプリル、ベナゼプリル塩酸塩、ペリンドプリルエルブミン、リシノプリル水和物がある。
(8)アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)
アンジオテンシンⅡのタイプ1(AT1)受容体に特異的に結合する(AT1拮抗作用)ことで、アンジオテンシンⅡによる強力な血管収縮、体液貯留、交感神経活性を抑制し降圧効果を発揮する。ARBはACE阻害薬とともに降圧作用を有する「レニン-アンジオテンシン(RA)系阻害薬」とも称される。ACE阻害薬と同様に臓器保護作用も有していることから、心臓、腎臓、脳の臓器合併症や糖尿病などを有する患者には第一選択薬となる。副作用としては、めまい、K濃度の上昇などに注意が必要である。
具体的な製剤名としては、アジルサルタン、イルベサルタン、オルメサルタンメドキソミル、カンデサルタンシレキセチル、テルミサルタン、バルサルタン、ロサルタンカリウムがある。
(9)ミネラルコルチコイド受容体(MR)拮抗薬
腎臓の遠位尿細管および接合集合管のミネラルコルチコイド受容体(MR)に作用して、カリウム(K)の喪失なくNa排泄を促進することで降圧効果を発揮する。以前は、Na排泄を促進するが、Kの排泄を促進しないことからK保持性利尿薬と称されていた。低レニン性高血圧に効果が期待でき、原発性アルドステロン症に対する薬物療法では中心的薬剤として使用されている。また、近年では臓器保護作用を有することが国内外の臨床試験から確認されている。一方、薬剤投与により、高K血症や高尿酸血症などの副作用のほか、MR拮抗薬の一つスピロノラクトンにおいては男性で女性化乳房の副作用が発現する可能性があるため、十分注意する必要がある。
具体的な製剤名として、エサキセレノン、エプレレノン、スピロノラクトンがある。
(10)アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)
RA系阻害薬のARBと同じAT1受容体拮抗作用を示すとともに、ネプリライシン(利尿作用や血管拡張作用を有するナトリウム利尿ペプチドを分解する酵素)を阻害する二つの作用で降圧効果を発揮する。降圧作用と体内に貯留する水分量を減少させることで、心臓への負荷を軽減する作用もあることから、慢性心不全にも使用される薬剤である。唇やまぶたの腫れなどの血管浮腫、尿量減少などの腎機能障害などの副作用に注意を要する。また、高血圧治療においては、過度の血圧低下の恐れがあることから、原則として第一選択薬として使用しないこととなっている。
具体的な製剤名としては、サクビトリルバルサルタンナトリウム水和物がある。
(11)直接的レニン阻害薬
作用機序(メカニズム)は広義のRA系阻害薬(ACE阻害薬、ARB)と類似するが、RA系を阻害するとともにレニン酵素活性も阻害することで降圧効果を発揮する。RA系阻害薬が副作用などで使用できない場合には、とくに適応がある。重大な副作用として、血管浮腫、アナフィラキシー、高K血症、腎機能障害の発現に注意する。
具体的な製剤名としては、アリスキレンフマル酸塩がある。
[北村正樹 2024年2月16日]
配合製剤とは、作用機序の異なる薬剤を2種類以上組み合わせたもので、患者のアドヒアランス向上だけでなく、配合している成分の単剤どうしの薬価より安価に設定されていることから、医療経済的にもメリットがある。なお原則として、配合剤に含まれている各薬剤の含有量を単剤どうしで併用している場合、またはいずれか一方を使用しているものの血圧コントロールが不十分な場合に配合製剤の使用を検討することとなっている。
(1)ARB/Ca拮抗薬配合剤
ARBとCa拮抗薬を組み合わせた薬剤で、具体的な製剤名としては、アジルサルタン/アムロジピンベシル酸塩、イルベサルタン/アムロジピンベシル酸塩、カンデサルタンシレキセチル/アムロジピンベシル酸塩、テルミサルタン/アムロジピンベシル酸塩、バルサルタン/アムロジピンベシル酸塩、バルサルタン/シルニジピン、オルメサルタンメドキソミル/アゼルニジピンがある。
(2)ARB/降圧利尿薬配合剤
ARBと降圧利尿薬を組み合わせた薬剤で、具体的な製剤名としては、イルベサルタン/トリクロルメチアジド、カンデサルタンシレキセチル/ヒドロクロロチアジド、テルミサルタン/ヒドロクロロチアジド、バルサルタン/ヒドロクロロチアジド、ロサルタンカリウム/ヒドロクロロチアジドがある。
(3)ARB/Ca拮抗薬/降圧利尿薬配合剤
ARB、Ca拮抗薬、降圧利尿薬の3剤を組み合わせた薬剤で、具体的な製剤名としては、テルミサルタン/アムロジピンベシル酸塩/ヒドロクロロチアジドがある。
[北村正樹 2024年2月16日]
血圧降下剤,降圧剤ともいう。血圧調節機構に作用して血圧を降下させる薬。そのうち高血圧症の治療に使われるものを抗高血圧薬と呼ぶ。現在抗高血圧薬として使われているものを作用機序によって大別すると,(1)血管に作用してそれを拡張する薬物,(2)血管を支配して血管の緊張を維持している交感神経系の活性を抑えることにより血管を拡張させる薬物,(3)水とナトリウムの排出を促進して血圧を低下させる利尿降圧薬,(4)アンギオテンシン拮抗薬などがある。
(1)血管に作用する薬物 血管壁の平滑筋に直接作用して弛緩させるものとしてヒドララジンが1950年代から治療に使われている。血管系でもとくに細動脈での弛緩作用が強い。ニトロプルシッドナトリウムは,細動脈も静脈もともに弛緩させるが,静脈内への注入でのみ有効である。ベラパミール,ジルチアゼム,ニフェジピンなどカルシウム拮抗薬と呼ばれる薬物は,血管平滑筋細胞の収縮に必要なカルシウムイオンが細胞内に流入するのを抑えて血管拡張をひきおこすので,心臓の冠血管を広げて狭心症の治療に使われるが,最近は高血圧症にも使われるようになった。血管平滑筋細胞上のアドレナリン作動性α受容体を遮断する薬物は,交感神経の血管支配を切って血管を拡張させ血圧を下降させる。多数のα受容体遮断薬のうちプラゾシンが臨床的によく用いられる。
(2)交感神経系の活性を抑える薬物 中枢神経系のα受容体を興奮させて交感神経の興奮を減らすと考えられるものにα-メチルドーパやクロニジンがある。プロプラノロールやその他のいわゆるβ受容体遮断薬も血圧降下作用をもつが,その作用部位は主として中枢神経系で,交感神経の興奮を減らすものと考えられている。レセルピンを代表とするインドジャボクのアルカロイド類は,中枢での静穏作用と,末梢での交感神経終末から興奮伝達物質のノルアドレナリンを枯渇させる作用とがともに血圧降下に寄与している。グアネチジンは,交感神経興奮と神経終末からのノルアドレナリン遊離との連関を遮断して,血管に交感神経の興奮が伝わらなくする。また,連用によってしだいにレセルピンのようなノルアドレナリン枯渇作用が現れるといわれている。交感神経の興奮を神経節で遮断するものに,ヘキサメトニウム,ペントリニウム,メカミラミンなどの神経節遮断薬がある。これらは最も強力な血圧降下薬に属し,高血圧治療に有効性が認められた最初の薬物ということができるが,激しい副作用をともない,また必然的に副交感神経節も同時に遮断するため,交感神経系により選択性をもつ薬物が開発された現在ではほとんど使われていない。
(3)利尿降圧薬 ヒドロクロロチアジドをはじめとして多くのサイアザイド系利尿薬が使われる。これらは緩徐で持続性の降圧作用をもち,経口服用で有効なことから高血圧治療の第一次選択薬として欠くことができない。作用機序は十分に解明されていないが,ナトリウム排出の増大が血圧降下作用の基本であろうと考えられている。サイアザイド系薬物は,他の抗高血圧薬の作用を増強するので,しばしば併用される。
(4)アンギオテンシン拮抗薬 全身血圧の低下,血液量,血漿中ナトリウムイオン濃度の低下などは,腎臓の傍系球体細胞からレニンの分泌をうながす。レニンは血漿中のアンギオテンシノーゲンからアンギオテンシンⅠをつくる。アンギオテンシンⅠは変換酵素によってアンギオテンシンⅡに変わるが,このアンギオテンシンⅡは強力な血管収縮作用を示すだけでなく,副腎皮質ホルモンでナトリウム貯留をうながすアルドステロンの分泌を促進する。その結果,血液量は増し血圧も上昇する。カプトプリルは,アンギオテンシンⅠからⅡへの変換酵素を阻害する薬物で,血圧降下作用を示す。サララシンは,アンギオテンシンのアミノ酸配列を一部置換した構造をもち,アンギオテンシンの作用に拮抗する。
以上高血圧の治療に使われる薬物のおもなものについて述べたが,広義の血圧降下薬としては,そのほかにヒスタミン,ブラジキニン,カリクレイン,アセチルコリン,亜硝酸アミル,ニトログリセリンなど強い血管拡張作用によって血圧を下降させるものが多数ある。
→血圧 →高血圧
執筆者:粕谷 豊
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…たとえば悪性高血圧はきわめて予後不良の病気で,数年以内に大半の患者が死亡するほどであったが,最近の降圧薬療法によって死亡率が激減している。
[高血圧と降圧薬]
現在われわれが用いている降圧薬(血圧降下薬)は1950年代から登場しはじめたもので,その作用機序によって,利尿降圧薬,血管拡張薬,交感神経抑制薬,カルシウム拮抗薬,α遮断薬,β遮断薬,α,β遮断薬,アンジオテンシン変換酵素阻害薬などがある。これら降圧薬の分類と作用機序および副作用を示したものが表2である。…
※「血圧降下薬」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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