この語には三つの意味があるため、それぞれ順を追って説明する。(1)中国の四川(しせん)、雲南、チベットなどに産する鱗翅(りんし)目ヤガ科のガの幼虫の頭部から生ずる棍棒(こんぼう)状の子実体(キノコ)を、虫体とともにとって乾燥した生薬(しょうやく)。不老長生の精力剤として珍重された。精を補い、髄を益し、肺を保ち、腎(じん)を益し、血を止め、痰(たん)を化し、癆嗽(ろうそう)(咳(せき)込み)を止めるという。このキノコはノムシタケ属の一種Cordyceps sinensisである。夏季に胞子から生じた発芽管がガ、とくに冬虫夏草ガHepialus armoticanusの幼虫に寄生し、土に潜った幼虫は、やがて死んで体内が菌核化する。次の夏季に、これからキノコが生じてくる。名の由来は、このキノコを草とみたことによる。(2)虫生菌のうち、昆虫類、クモ形類に寄生して著しい子実体(キノコ)を形成する菌類。この菌類には子嚢(しのう)菌類中の核菌類バッカクキン目のノムシタケ属(コルジセプス属)に属するものが多い。キノコの形、大きさ、色はさまざまである。宿主の生活の場や習性によって、地上や落枝上、落ち葉間、コケ類の間、樹皮下などでみられる。子実体は、一般に頭部と柄(え)からなっており、頭部の表層には多数の被子器が一つの層をなして並んでいる。各被子器は、造嚢器と造精器の接合、あるいは造嚢器の単為発生を経て形成され、形はとっくり状で、その口を外に開き、その内底には子嚢が一つの層をなして形成される。各子嚢は円柱形で、先端に微小な頂孔がある。子嚢は成熟すると長く伸び、その先端部が被子器の口から突き出て、頂孔から糸状の子嚢胞子8個を一つずつ射出する。空(から)になった子嚢は収縮して崩壊し、次の子嚢が伸びる。子嚢胞子は多室になっているが、のちにばらばらに分離する。代表種には、ハチタケ、アリタケ、アワフキムシタケ、カメムシタケ(ミミカキタケ)、ガの幼虫に生ずるサナギタケなどがある。
冬虫夏草のなかには、被子器を形成しないで、無数の粉状分生子を表面に生ずる子実体もある。ツクツクボウシタケは樹枝状に分かれた枝が白粉状の分生子で覆われ、トタテグモに生ずるクモタケは、棍棒状の長い頭部が淡紫紅色の粉状分生子で覆われる。これらの分生子型(不完全型)子実体を生ずるものは、不完全菌類のクモタケ属(イサリア属)に含まれる。(3)虫生菌の子実体をキノコに限定せず、また、宿主をもっと広義に解釈した菌類。クモ類の胸部・腹部の表面に菌糸層をつくり、その表面に卵形の被子器を密生するコエダクモタケ(トルビエラ属)や地下生子嚢菌類ツチダンゴ属の球状子実体から地上数センチの子実体を生ずるハナヤスリタケ(ノムシタケ属)がこれに含まれる。
[寺川博典]
『清水大典著『冬虫夏草』(1979・ニュー・サイエンス社)』
虫に寄生した菌類が虫からキノコを生やしたもの。昔は虫と菌類を同一体と考え,冬は虫の姿をしていて夏は変じて草となると信じられていた。中国原産の菌類が芋虫に生えたものに,最初にC.sinensis Sacc.と学名がつけられた。現在では,子囊菌類バッカクキン目Cordyceps属の昆虫寄生菌に対する総称となっている。
冬虫夏草の菌の生活とキノコは次のようにしてできる。まず,昆虫(幼虫,成虫)やクモなどの体内に入った菌は菌糸をのばして生長し,やがて虫の体内を完全に占領する。このときに虫はすでに死んでいる。虫の体はあまり崩れていないが内部にはえた菌糸は密に固まって硬い菌核という組織になり,やがて温度,湿度などの条件が良ければ,この菌核組織からキノコが発生する。この姿が虫から草が生じたように見えるわけである。キノコは種類により異なるが,多くは細くのび上がり,先は少々ふくらみ,小さいいぼ状突起でおおわれる。目だちやすい黄,赤などが多い。このいぼ状突起は菌の子囊殻で,成熟すると先端から胞子がおし出され,その胞子はまた新しい虫について寄生する。代表的なものにセミタケC.sobolifera B.etBr.,サナギタケC.militaris Link.(鱗翅(りんし)類のサナギに寄生),ミミカキタケC.nutans Pat.(カメムシの成虫に寄生),ハチタケC.sphecocephala Sacc.,アワフキムシタケC.tricentri Yasudaなどがある。
例外的に地下にできるキノコのツチダンゴElaphomycesに寄生するハナヤスリタケC.ophioglossoides Fr.やタンポタケC.capitata Cesati et Not.,タンポタケモドキC.japonica Lloydもある。いずれも寄主はほとんど地中にあり,棍棒状の菌の部分だけが地上に出ているので,採集は簡単でない。
古来,不老不死の妙薬とされ,強壮剤として,現在も中国では珍重され,市販されているが薬効はなお不明であり,現代でも薬理的な証明は難しいとされている。ただ,冬虫夏草には今までのところ毒タケはまったくないとされている。煎じて飲んだり,鴨料理に加えたり,焼酎を加えて冬虫夏草酒とするなど,いろいろな食べ方がある。
執筆者:椿 啓介
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