フランスの劇作家、S・ベケットの戯曲。1952年フランス語で発表。初演は翌年パリ。著者による英訳版(1954)には「二幕の悲喜劇」と副題がついている。木が1本生えているだけの田舎(いなか)道で、2人の浮浪者が、待ち合わせの約束をした(と彼らは信じている)ゴドーを待つが、待ち人はこず、かわりに主人(ポッツォ)と召使い(ラッキー)の2人連れが通りかかる。そのあと少年が現れ、ゴドーさんは今日はこられないが明日はきっとくると伝言し、第1幕が終わる。第2幕も似たような展開をみせる。伝統的作劇法を完全に無視して、サーカスや寄席(よせ)の道化(どうけ)芝居に近い体裁のもとに、何かを待ち続ける現代の人間の条件をみごとにとらえた作品。初演時には反発や困惑の嵐(あらし)を巻き起こしたが、その後「不条理演劇」の元祖としてのみならず、現代演劇全体を革新した記念碑的傑作として、いまもその謎(なぞ)めいた魅力は衰えていない。
[高橋康也]
『『ベケット戯曲全集Ⅰ』(1967・白水社)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
… 1928年,マイケル・マクリアモアらによって建てられたゲート座Gate Theatreでは,アイルランド以外の古今の名作の上演が行われたほか,表現主義的な作劇術を駆使した《老婦人は否と言う》(1929初演)や《黄河の月》(1931初演)などの作者ジョンストンDenis Johnstonが活躍した。50年代にできたパイク座Pike Theatreは,気鋭の演出家アラン・シンプソンのもと,ベケットの《ゴドーを待ちながら》のアイルランド初演をロンドン初演と同年(1955)に行って気を吐いた。ブレンダン・ビーハンBrendan Behanの《死刑囚》(1954初演),同じ作者がまず58年にゲーリック語で書き後に英語に書き改めて国際的に有名になった《人質》もこの劇場で初演された。…
…イギリス風の中流家庭でのイギリス風の夫婦の会話に始まるこの劇では,言語は日常性の意味を離れて核分裂し,それを語る人間のアイデンティティさえも崩壊させてしまう。このようなイヨネスコの劇が,最初ほとんど観客に受け入れられなかったのに対し,アイルランド生れのS.ベケットの《ゴドーを待ちながらEn attendant Godot》(1953)は対照的にパリだけでも300回以上の上演を重ね,世界各国でも上演されるなど,現代演劇でもっとも強い影響力をもつ作品となった。枯木が一本だけしかないという空虚な世界に,ゴドーという人物をただ待っている2人の主人公ウラディミールとエストラゴンの姿は,人間の状況の極限を表したもので,この無限の空虚の中に投げ出された人間は,地獄のような孤独から逃れるためにただひたすらしゃべり続けなければならない。…
…道化の古来の武器の一つであった身体言語が,新しいメディアによってめざましくよみがえったのである。第2次大戦後,S.ベケットが《ゴドーを待ちながら》(1953)において,浮浪者風な2人組の道化が空しく待ち人を待ちつづけるという悲劇的道化芝居をつくった。現代人の肖像としてのこの〈マイナスの道化〉は世界的に大きな衝撃を与え,道化の歴史を新たに画した。…
…それにひきかえ,50年代の前衛劇は世界の不条理を舞台上の不条理に置きかえて提示する。たとえばイヨネスコの《禿の女歌手La cantatrice chauve》(1950)では日常的な会話の意味がしだいに失われ,文章,語,シラブルの間の論理的・文法的つながりが次々と欠落して言語が解体し登場人物が母音のみを叫び合うに至る過程が示され,ベケットの《ゴドーを待ちながらEn attendant Godot》(1953)では登場人物がいつまでも来そうもなく,誰ともわからない人物をなぜかわからないまま待ち続ける間の暇つぶしの無意味なお喋りと遊びが延々と続くだけで終わる。すなわち,観客の目前で不条理な内容が不条理に演ぜられるのがこれらの演劇の特徴であるといえよう。…
…大戦中は抵抗運動に加わり難をのがれて南仏に住み《ワット》(1953)を書く。戦後パリに戻って文筆活動に専念し,フランス語による《モロイ》(1951),《マロウンは死ぬ》(1951),《名付けえぬもの》(1953)の小説三部作や戯曲《ゴドーを待ちながら》(1952)などの代表作を一挙に発表して注目を集める。特に《ゴドーを待ちながら》の初演(1953)はフランス劇界の時代を画したばかりでなく,国際的な成功を博し,小説の真価も徐々に認められる。…
※「ゴドーを待ちながら」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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