フランスの詩人、小説家、美術評論家。南フランス、タルブに生まれ、3歳のとき一家はパリに出る。絵画と文学の二つの道に迷うが、友人ネルバルを通じて崇拝するユゴーに紹介され、文学を選ぶ。1830年、ユゴー作『エルナニ』上演に際しては、古典派とブルジョアに対抗して華々しく活躍する。七月革命の最中に刊行した処女詩集や『アルベルテュス』(1832)、過激なロマン派青年の生態を風刺的に描いた『若きフランスたち』(1833)は文壇の注目をひかなかったが、長編小説『モーパン嬢』(1835)はバルザックの賞賛を受け、とくにその「序文」は、次の世代のボードレール、フロベールら「芸術のための芸術(ラール・プール・ラール)」派の最初のマニフェストと目されている。1836年から『ラ・プレス』紙などで演劇・絵画時評を担当し、ジャーナリズムで身をたてる。40年スペインに旅し強烈な印象を受け、『スペイン紀行』と詩集『エスパーニャ』(ともに1845)を発表。『全詩集』(1845)後の詩作を集めた『七宝(しっぽう)とカメオ』(1852)が高踏派詩人ゴーチエの代表作とされる。
小説にはホフマンの流れをくむ幻想的作品が多く、『死霊の恋』(1836)、『化身』(1856)、『スピリット』(1865)などが傑作である。時代感覚に鋭敏な批評家でもあり、バルザック、ボードレール、ハイネ、ドラクロワ、ベルリオーズらの評伝、美術評論、フュナンビュール座のピエロ芝居、バレエ、軽業(かるわざ)などの評に至るまで広い分野に及ぶ。ロマンチック・バレエの古典『ジゼル』(1841)、青少年の愛読書である『キャピテン・フラカス』(1861)の作者としても知られる。
美術を偏愛するゴーチエは「聖書にいう眼の貪欲、この罪こそ私のものだ」と告白しているが、外界の造形美を可能な限り正確に言語芸術に移しかえることが詩人ゴーチエの野望であった。ボードレールは『悪の華』の献詞で、「珠(たま)に瑕(きず)なき詩人、フランス語の大魔術師……」とたたえている。
[井村實名子]
『渡辺一夫訳『青春の回想――ロマンチスムの歴史』(1977・冨山房)』▽『田辺貞之助訳『死霊の恋・ポンペイ夜話・他三篇』(岩波文庫)』
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