ノマディズム(読み)のまでぃずむ(英語表記)nomadism

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ノマディズム」の意味・わかりやすい解説

ノマディズム
のまでぃずむ
nomadism

フランスの哲学者ジル・ドルーズらによって提起された概念。本来、遊牧民をはじめとして非定住的な生活を送る人々(ノマド)の生活形態を意味する語であるが、1970年代以降、フランスを中心に展開した新しい思想の流れのなかで、非定型的・非同一的な多様な生の可能性を表現するイメージを担うことばとして多用されるようになった。画一的な定義を与えることはむずかしいが、おおむね、国家や社会や集団のなかで与えられる固定した地位役割を拒否し、中心的・求心的な権力権威から絶えず逃走するような生のあり方を称揚するものといえる。また、世界のさまざまな周辺的な場所に生息する少数者の生や、巨大な支配の構造によって虐(しいた)げられた人々の抵抗のイメージと結び付くと、システムを攪乱(かくらん)する運動として、美的・倫理的な価値、ひいては政治的な価値を帯びることになる。

 こうしたノマディズムを最初に哲学的なレベルで論じ、概念的に規定したのがドルーズであった。同一性を根本原理とする西洋の哲学を換骨奪胎し、差異反復から存在や生成を思考し直す試みのなかで、彼はさまざまな個物の多様性・特異性を保証する存在の一義性をノマドの概念によって説明した。ノマドの語源をたどると古代ギリシア語の動詞「ネモー」に行き着くが、これは「配分する」と同時に「放牧する」といった意味をもつ。そして前者が「法」という意味での「ノモス」に関連するのに対して、後者は「牧草地」という意味での「ノモス」に関連する。すなわち、配分された定住地を統(す)べる法の世界は、家畜が自由に遊動する境界なき空間の次元によって裏打ちされているのである。あらゆる存在者にとって等しい一義的存在とは、まさにノマド的なノモスだということになる。

 ドルーズを起点とするこうしたノマディズムの発想をもっとも精力的かつ具体的に展開している思想家としてあげられるのが、同じくフランスのルネ・シェレールRené Schérer(1922―2023)である。自己を開いて他者を受容する歓待の倫理を中心とするシェレールの思想のなかで、ノマディズムは、私が私であるという自己性そのものの新しいイメージとなる。他者の絶えざる歓待によって私は固定した自己同一性を逸脱し、みずからが他者へと生成する。その様態が、私の非同一的な同一性としての自己のノマディズムであり、またそこには愛をはじめとするさまざまな感情のノマディズムが想定される。

[安川慶治]

『ジル・ドゥルーズ著、財津理訳『差異と反復』(1992・河出書房新社)』『ルネ・シェレール著、安川慶治訳『歓待のユートピア』(1996・現代企画室)』

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