アメリカの長老派宣教師、医師、日本語・日本文化研究者。3月13日ペンシルベニア州ミルトンに生まれ、医学博士となる。1859年(安政6)来日、横浜に住み、医療・教育活動を展開する。大村益次郎(おおむらますじろう)、高橋是清(たかはしこれきよ)などが当時の弟子。1867年(慶応3)に『和英語林集成』(初版はA Japanese and English Dictionary; with an English and Japanese Index、再版からA Japanese-English and English-Japanese Dictionary)を出版する。この第3版(1886)で採用したローマ字方式がヘボン式ローマ字である。またS・R・ブラウンらと聖書を和訳し刊行(新約聖書1880年、旧約聖書1888年)。1889年(明治22)明治学院の初代総理となる。1892年に帰国。1911年9月21日にニュー・ジャージー州イースト・オレンジで没。
[古田 啓 2018年8月21日]
『松村明解説『和英語林集成』(講談社学術文庫)』▽『高谷道男著『ヘボン』新装版(1986・吉川弘文館)』▽『望月洋子著『ヘボンの生涯と日本語』(1987・新潮選書)』
アメリカの宣教医。ヘプバーンが通常の英語読み。漢名は平文。ペンシルベニア州出身。プリンストン大学,ペンシルベニア大学卒業後医師となる。アジア伝道を志し,一時厦門(アモイ)に働く。1859年北長老派ミッションの派遣で来日し,神奈川,横浜で開業し,誠実な人柄と優秀な治療で好評を受ける。かたわら《和英語林集成》(1867)を刊行,これに用いたローマ字は後にヘボン式ローマ字として普及した。また,中国宣教師マッカーティーD.B.McCarteeの《真理易知》にふりがなを付し,伝道文書として刊行(1867)。彼の施療所は初期の横浜伝道の拠点で,横浜第一長老公会も74年ここに設立された。新約聖書共同訳委員(1874-80),旧約聖書共同訳委員長(1882-87)ともなり,聖書翻訳を完成。夫人が始めたヘボン塾は明治学院やフェリス女学院の前身的存在であり,彼は明治学院初代総理(1889-91)をつとめた。92年帰国,ニュージャージー州で死去。
→横浜バンド
執筆者:土肥 昭夫
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1815.3.13~1911.9.21
平文とも。アメリカの宣教師・医師。英語読みはヘプバーン。ペンシルバニア州出身。プリンストン大学・ペンシルバニア大学卒。1859年(安政6)来日し,横浜居留地に施療院を開くかたわら,日本語の研究や聖書の和訳などに力を注ぐ。67年(慶応3)日本初の和英辞書「和英語林集成」を出版,第3版からは羅馬(ローマ)字会提唱のローマ字表記法を採用し,以後ヘボン式表記法とよばれた。89年(明治22)明治学院初代総理に就任。92年帰米。
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…雅号の吟香は,その間の呼名であった銀公をもじったものである。64年(元治1)横浜のアメリカ人医師J.C.ヘボンの医院に寄寓し,《和英語林集成》の編纂(へんさん)に協力,これを完成させた。同年辞書印刷のため上海に渡航。…
… このようにローマ字で日本語をつづることはすでに16世紀の末,来日したポルトガル人の宣教師たちが行っており,江戸時代の蘭学者も行った。明治初年来日して英和,和英辞典を編集したJ.C.ヘボンの方式が,後にヘボン式の名で呼ばれる。これは英語式なつづり方である。…
…J.C.ヘボン編の和英辞典。1867年(慶応3)刊。…
※「ヘボン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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