デジタル大辞泉
「三代集」の意味・読み・例文・類語
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さんだい‐しゅう‥シフ【三代集】
- 「古今集」「後撰集」「拾遺集」の三勅撰集の呼称。「代」は天皇の治世の意で、醍醐・村上・花山の三代をいう。古くは「万葉集」を勅撰集と考えて、「万葉集」「古今集」「後撰集」の三つをさして呼んだこともある。三代。〔袋草紙(1157‐59頃)〕
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三代集 (さんだいしゅう)
日本の最初の勅撰和歌集である《古今和歌集》とそれに続く《後撰和歌集》《拾遺和歌集》とを総称したもの。この名称は12世紀初頭の《俊頼髄脳(としよりずいのう)》(源俊頼)のころから用いられたらしい。《袋草紙》(藤原清輔)には,古くは《拾遺集》の代りに《万葉集》を三代集の一つに入れていたとの説もあげられている。三代集が作られた10世紀初頭以後の100年間は,平安時代の宮廷政治が一応安定し,《古今集》時代に完成した和歌の歌風にもそれほどの変化がなく,この時代の歌風はその後長いあいだ,貴族歌人たちの模範とされた。
執筆者:小沢 正夫
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三代集
さんだいしゅう
『古今和歌集』『後撰和歌集』『拾遺和歌集』の3勅撰和歌集の総称。「三代」とは醍醐 (だいご) ,村上,花山天皇の3代をさす。『拾遺集』成立以前は『万葉集』を含めて呼んでいたと藤原清輔 (きよすけ) の『袋草紙』に記されている。その名はすでに源俊頼の『俊頼髄脳』などにみえるから,平安時代後期には一般的に用いられていたものと思われる。
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三代集
さんだいしゅう
平安時代,『古今和歌集』『後撰和歌集』『拾遺和歌集』の3勅撰和歌集の総称
藤原定家の歌論書『詠歌大概』に「詞は三代集を出づるべからず」とあり,後世,「詞」(表限方法と考えてよい)についての規範的古典の位置を占めた。
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世界大百科事典(旧版)内の三代集の言及
【勅撰集】より
…〈読人知らず〉を除いて約3000人の作者,約3万5000首を収めた大詞華集群である。《古今集》《後撰集》《拾遺集》を三代集,《古今集》から《新古今集》までを八代集,《新勅撰集》から《新続古今集》までを十三代集,すべてを合わせて二十一代集という。【新井 栄蔵】。…
※「三代集」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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