商品学(読み)しょうひんがく(英語表記)Commodity Science

日本大百科全書(ニッポニカ) 「商品学」の意味・わかりやすい解説

商品学
しょうひんがく
Commodity Science

商品の有する特質や商品としてのあるべき資質を国民経済的視点から研究する学問で、社会科学の一分科を構成する。生産、流通、消費の各面から商品という同一対象についての研究を行うには、本来的に商品という物質が有する物性と、流通・消費される場合の適商性(商品として販売される場合の適性)や嗜好(しこう)性という二つの側面からのアプローチが必要で、このため商品学は、自然科学的側面と社会科学的側面の二つが併存する学際的な科学となっている。ただし商品学はあくまで社会科学の一分科を構成するものであって、その自然科学的側面についての研究は、社会的生産物である商品の市場的適格性を判定するための補助的手段であり、生産手段としての生産工学とは明確に区別される。

[青木弘明・大竹英雄

商品学の誕生と発展

商学の一分科としての商品学の萌芽(ほうが)は、11世紀ころに出版された最古商業学書といわれる、アラビア人ディマシュキーAli al Dimaschqiの著書『商業の美』にすでにみられ、そこでは商品に関する鑑別方法が述べられている。15世紀末になると、アメリカ大陸やインド航路の「発見」によって、未知なる資源がヨーロッパ各国に流入するようになり、これに刺激されて一般的な商品の研究が生まれ、イタリア、フランス、ドイツなどにおこった商取引学Handlungswissenschaftの体系のなかで重要な地位を占めるようになった。18世紀に入り、ドイツ人ルドビッチCarl Günther Ludovici(1707―1778)編集による商品知識研究を集大成した『商人大学』という全5巻の辞典が出版され、商人学Kaufmannschaftを構成する基礎的部分として、Warenkunde(商品知識)が位置づけられた。商品学を独立の一科学として成立させたのはドイツ人ベックマンJohann Beckmann(1739―1811)で、ゲッティンゲン大学においてWarenkundeの講座を開講した。彼は1793年『商品学予論』という最初の商品学に関する著書を刊行し、Warenkundeに初めて商品学に値する内容を与えた。19世紀に入り、科学技術が著しく進歩し、ヨーロッパ経済が貿易中心から工業生産へ移行する過程で、商品学も従来の貿易物資の商品知識から、工業原材料や製品の鑑定に重点が置かれるようになった。ウィズナーJulius Wisner(1838―1916)の顕微鏡学が生まれ、以後ドイツ系の商品学は品質鑑定を主流とする応用自然科学の色彩を強く帯びるようになった。

[青木弘明・大竹英雄]

アメリカ系商品学の登場

これに対しアメリカでは、独立以後、イギリスの産業革命の科学技術を基礎として、豊富な資源を利用した大量生産方式を採用し、著しい工業化が進められた。そのため原材料、製品の鑑定以上に、販売をいかにして達成するかが企業の経営目標となり、初期のマーケティング(市場調査)が学問的に成立した。また、ドイツ系商品学では見過ごされてきた最終消費財としての商品の研究を重視する傾向が生まれ、さらに消費者運動とも結び付いて、商品テストの開発がなされてきた。

[青木弘明・大竹英雄]

日本の商品学

日本では明治初年ドイツ系の商品学が商法講習所(一橋大学の前身)において開講された。その後、大学・高等専門学校の設立に伴い貿易商品を中心として講座が設置され、叙述論的な講義と鑑定論的な実験とをあわせた講義が行われてきた。第二次世界大戦後は第三商品学が加味され、独自の商品学理論の研究、体系化が進んでいる。これはドイツ系商品学(第一商品学)と販売基点の究明を主体とするアメリカ系商品学(第二商品学)のいずれにも偏せず、「両者の学問的融合によって化育されるべき商品学」(第三商品学)であり、商品の社会的移動を前提とする流通経済の基盤に立って、物的商品の適商的性格すなわち商品性(Merchantability)の解明を行うことをその体系化の中核とするものであった。また、ソーシャル・マーケティングを商品の側面から研究する「社会商品学」や、消費者問題を解決するための「消費者商品学」なども提唱された。いずれにしろ戦前の自然科学に偏重した、あるいは叙述的な商品学に対する一つの流れであった。また品質論についても、使用価値から品質への転化理論や、品質乖離(かいり)現象の分析などが行われた。1970年代以降、世界の経済活動に対する考え方が環境問題や資源問題を中心とした循環型に変化しており、商品学の対象領域は商品の生産・流通・消費に加え廃棄・リサイクル等も含まれ、よりいっそう学際的な研究領域となっている。

 また日本では、個々の商品に関する知識は、中小企業診断士や販売士検定の試験科目となっていたが、消費の成熟化や科学技術の発展に伴う商品の多様化により種類や数が激増し、またPOS(ポス)システム(POSはpoint of salesの略。販売時点情報管理システムのことで、単品管理により個々の商品の売上げが即座にわかり、売り場が狭く、売れ筋商品のみを扱いたいコンビニエンス・ストアなどでは商品の入れ替えが容易となる)の普及により商品がめまぐるしく変化するため、試験科目「商品知識」は2000年ごろから他の試験科目と統合されるようになっている。

[青木弘明・大竹英雄]

国際交流と課題

第二次世界大戦後、ドイツにおいても従来の技術学を偏重する傾向から脱却し、社会的・経済的関係を取り上げた研究が進められ、Warenlehre(商品学)と名づけられている。また国際的な商品研究も進められ、1976年国際商品学会が設立された。2年ごとに学会が開催されて国際交流がなされている。商品学の現在の課題は、「移動性を有する有体動産のうち現に商の環境にあるもの」という商品学上の商品に対し、実体経済を構成し、そのウェイトを拡大しているサービスをどう扱うかという対象規定の設定、拡大である。

 商品学にはさまざまな立場での研究があるが、商学の領域にありながら、国民経済の立場あるいは社会的立場で商品をとらえることによって、商品を原因として引き起こされる社会問題に対して提言をなしうる重要な役割をもつこともその特徴としている。

 戦後商品学は、消費者問題や消費者運動、その後の消費者保護が社会的テーマであった1960年代~1990年代には、商品の本質を探究する学問として、品質や表示などに関する社会的問題に対して一定の貢献を果たした。

[青木弘明・大竹英雄]

『島田記史雄・飯島義郎編『商品学講義』(1972・青林書院新社)』『風巻義孝著『商品学の誕生――ディマシュキーからベックマンまで』(1976・東洋経済新報社)』『石井頼三・島田記史雄編『改訂商品学』(1977・青林書院新社)』『飯島義郎著『現代商品学の方法』(1982・文真堂)』『水野良象著『商品学読本』(1987・東洋経済新報社)』『関義雄・馬淵キノエ著『豊かな社会の商品学』(1998・大学教育出版)』『韓羲泳著『文献史的商品学――ドイツ商品学説史』(1999・大阪経済法科大学出版部)』『石崎悦史著『商品競争力の理論』(2001・白桃書房)』

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世界大百科事典(旧版)内の商品学の言及

【商品】より

…商品化が労働の生産物にとどまらず,あらゆる領域に広がることによって,商品の世界は分業や労働を覆い隠すというよりも,そうした過程とは実質的に無関係に独自の価値秩序を形づくり,人々を巻き込み動かすに至っているということである。【杉村 芳美】
【商品学上の商品】
 本来の字義は〈商う品物〉という意味だが,今日ではそれよりも広い意味で使われている。商は章と冏(けい)の合字で,物事が明らかなこと。…

※「商品学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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