出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
射的用につくられた蛇腹(じゃばら)式の空気銃にコルクの玉を詰めて、約3メートル離れた的を撃ち、命中すれば景品がもらえる仕組みの室内遊戯。古く室町時代に中国から伝えられ江戸時代から明治時代まで流行した楊弓(ようきゅう)や、江戸時代の吹き矢などと同じ系統の遊びで、これらの遊び場であった矢場(やば)が廃れ始めた明治の終わりころから流行し始め「お座敷鉄砲」ともよばれた。明治のころは大小の芝居の人形や玩具(がんぐ)などをつるして的にし、命中すれば留め金が外れて人形や玩具が下がってくる仕掛けになっていた。大正時代になると、たばこを薄い紙でつるしたり台の上に積み重ねたりして、撃ち落としたものを景品とするようになった。その後いろいろな品物を自動的に回転する台の上に並べたものや、的が起伏または出没するものなどができ、景品も、大正時代までは的と景品とが同じ物であったが、命中すると特別な賞品を出すようになるなど、昭和の初めころまで大衆娯楽として流行していた。第二次世界大戦後は娯楽の多様化につれて廃れ、現在は盛り場や海水浴場、温泉などの保養地、縁日や祭礼などでみかける程度になった。射的に類似した遊びで、光線銃を使用して、移動する映像を的として撃つ遊びが流行したが、その後パソコンなどのコンピュータを利用して行うシューティング・ゲームが登場している。
[倉茂貞助]
蛇腹じかけの一種の空気銃で,コルクの玉を筒先につめてうち,標的に命中させる遊び。古く〈座敷鉄砲〉ともいった。江戸時代に行われていた吹矢(ふきや),楊弓(ようきゆう)などの遊びが,明治時代になって〈玉ころがし〉からさらに転化して射的になり,人の集まる盛場などにそれらの店が軒を並べるようになった。《武江年表》の1874年以後に行われた記録のなかに〈射撃銃の戯はじまる〉とあり,77年4月発行の《かなよみ新聞》には〈諸所の楊弓場では座敷鉄砲という業をはじめ,向うに富士の巻狩,忠臣蔵五段目などの操(あやつり)人形を釣り下げ的をすえてドンドンとやらかします。芝太神宮境内,浅草公園地,人形町,馬喰町,初音の馬場,神田秋葉の境内,山ノ手では麴町十町目,隼(はやぶさ)町など,いずれも楊弓場が,座敷鉄砲場と一変しました〉とある。約3mの距離の正面に大小の的をつるし,的中すれば的は留鉄(とめがね)をはずれて,分銅(ふんどう)になっていた人形やおもちゃが下がってくるというしくみであったが,大正時代になって,巻きタバコの箱などを台の上に積み重ねてそれをうちおとし,または薄い紙でつり下げたタバコ箱の紙をうって切りおとし,おとした品を景品にするようなしかけに変わった。その後標的を自動的に回転させてそれをねらいうちにするようなしかけもあらわれ,現在でも場末の盛場,温泉地,夏の海水浴場などで営業しているほか縁日にも店が出る。
執筆者:小高 吉三郎
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