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韓非子 かんぴし Han Fei-zi

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

韓非子
かんぴし
Han Fei-zi

[生]?
[没]始皇帝14(前233)
中国,戦国時代末期の韓の思想家法家。子は敬称,またはその著書をさすのに用いる語。韓の弱体に発奮して法家思想をきわめた。荀子に学び,申不害,慎到,商鞅らの法家思想を大成。荀子の性悪説を人性利己説に徹底させ,また老子の無為自然説を君主の絶対権力の理論と臣下操縦術に実用化し,儒学の礼楽による徳治を退け,法律,刑罰を絶対化し,信賞必罰を説き,富国強兵中央集権強化をはかった。

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デジタル大辞泉の解説

かんぴ‐し【韓非子】

韓非」の敬称。
中国の思想書。20巻55編。一部は韓非の著とされるが未詳。厳格な法治主義の励行が政治の基礎であると説き、法と術の併用によって君権を強化することを目ざした。

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百科事典マイペディアの解説

韓非子【かんぴし】

中国,戦国時代末の法家の思想家韓非〔?-前234?〕に帰される論文集。20巻55編。秦の始皇帝が感銘を受けたと伝えられ,峻厳な法治主義を特色とする。君主と人民の利害は相反するゆえ,人民を法で規制すべきこと,臣下を賞罰をもって自在に操縦すべきこと,法の権威を保つべくいっさいの批判(とりわけ先王の法をもってする批判)を封じるべきことなどが説かれる。
→関連項目諸子百家性悪説老荘思想

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世界大百科事典 第2版の解説

かんびし【韓非子 Hán Fēi zǐ】

中国,戦国末の思想家韓非(?‐前234?)の言説を集めた書。20巻55編。すべてが韓非の自著ではなく,後学のものも含まれているが,孤憤・説難(ぜいなん)・和氏(かし)・姦劫弑臣(かんきようししん)・五蠹(ごと)・顕学の諸篇はもっとも真に近い。秦の始皇帝は孤憤・五蠹の篇を読んで,いたく感激し,この人に会って交際を結ぶことができたら,死んでも思い残すことはない,と漏らしたという。《韓非子》では,人民は支配と搾取の対象であり,君主に奉仕すべきものとされる。

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大辞林 第三版の解説

かんぴし【韓非子】

○ 韓非の尊称。
中国、戦国時代の思想書。二〇巻五五編。韓非およびその学派の著作を主として集めたもの。編者不明。君主は法と賞罰によって支配することを政治の根本であるとし、秦に始まる官僚国家創建の理論的支柱となる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

韓非子
かんぴし

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世界大百科事典内の韓非子の言及

【春秋戦国時代】より

…彼は礼を守るために必要とされた法そのものを礼であるとし,人間の本性は欲望に支配された悪であるから,すぐれた王がそれを規制するために定めるのが礼=法であるとした。この荀子の影響を強く受けた韓非子は,王によって定められた法を励行するのが官吏の任であり,そのために官吏の才能を把握し,成績を監督し,信賞必罰を行うのが王の任務であるとし,王を頂点とする法による支配を理念化した。一方,戦国中期には,儒家,法家とは別に,都市下層民を中心に墨家が形成された。…

【慎到】より

…《漢書》は法家に列して《慎子》42編を記録しているが,多く散逸して,現行本は5編である。その勢(位)を重んずる主張は,商鞅(しようおう)の説いた法,申不害の尊んだ術とともに,韓非にとりいれられて《韓非子》の法思想を構成することとなる。【日原 利国】。…

【中国哲学】より

…同時に,その性悪説の結果として,内発的な徳よりも,外部から人間を規制する人為的な礼に重点を移すことになった。荀子の門下から出たとされる法家の韓非子は,礼が刑罰の裏づけを欠いているのにあきたらず,礼よりもさらに強い拘束力をもつ法による政治を強調した。秦の始皇帝の天下統一は,この法家政策によって実現したものである。…

【法家】より

…以後,韓の申不害(?‐前337)は〈刑名(実功と言辞)〉審合で臣下を統御し〈術〉によって黄老風に権力意志を〈無為〉に隠匿(カムフラージュ)する独裁術を唱え,斉の稷下(しよくか)学士(稷門)の慎到は客観的な力関係と権力の掌握行使の方策が〈勢〉威にあると説いた。 戦国末期の韓非子は,儒家の徳治主義を排するが荀子流〈礼〉の実在を法権の超越的実在に入れ替え,〈法・勢・術〉3者を総合して権勢を君主に集中独裁させ,官僚を爪牙に駆民統治をめざす法治思想を集大成した。秦の始皇帝の全国統一で,韓非子の同門李斯(りし)は,この法治政策を実施し,漢初には統一政権の保持は黄老思想で,緊急の駆民治安は酷吏刑名で,という両法家路線が並行した。…

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