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足利義満 (あしかが-よしみつ)

デジタル版 日本人名大辞典+Plus
1358-1408 室町幕府3代将軍。在職1369*-95*。延文3=正平(しょうへい)13年8月22日生まれ。足利義詮(よしあきら)の長男。母は紀良子(きの-よしこ)。…

足利義満【あしかがよしみつ】

百科事典マイペディア
室町幕府3代将軍。在職は1368年−1394年。義詮(よしあきら)の子。従(じゅ)一位太政大臣。1371年以降今川了俊に九州を統一させた。1391年に山名氏清,…

足利義満

朝日日本歴史人物事典
没年:応永15.5.6(1408.5.31) 生年:延文3/正平13.8.22(1358.9.25) 室町幕府第3代将軍。在職期間は応安1/正平23(1368)年から応永1(1394)年まで。幼名…

足利義満 (あしかがよしみつ)

367日誕生日大事典
生年月日:1358年8月22日南北朝時代;室町時代の室町幕府第3代の将軍1408年没

あしかが‐よしみつ【足利義満】

デジタル大辞泉
[1358~1408]室町幕府第3代将軍。在職1369~1395。義詮よしあきらの子。南北朝合一を果たし、明みんと勘合貿易を開いて室町幕府の最盛期を現出した…

足利義満

防府市歴史用語集
 室町幕府3代将軍で、金閣[きんかく]を建てたことで有名です。1391年に、それまで2つにわかれていた朝廷[ちょうてい]をまとめました。大…

足利義満 あしかがよしみつ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
[生]正平13=延文3 (1358).8.22. 京都[没]応永15 (1408).5.6. 京都室町幕府 3代将軍(在職 1368~94)。足利義詮の子。母は紀良子。父の病により正平…

足利義満 あしかがよしみつ

山川 日本史小辞典 改訂新版
1358.8.22~1408.5.6室町幕府の3代将軍(1368.12.30~94.12.17)。2代義詮(よしあきら)の子,母は紀良子。法名鹿苑院天山道義・道有。1367年(貞治6・正…

足利義満 (あしかがよしみつ) 生没年:1358-1408(正平13・延文3-応永15)

改訂新版 世界大百科事典
室町幕府3代将軍。2代将軍足利義詮の長子。母は石清水八幡宮の検校善法寺通清の女,紀良子。幼名は春王。義満生誕のころに,観応の擾乱(じようらん…

足利義満 あしかがよしみつ (1358―1408)

日本大百科全書(ニッポニカ)
室町幕府第3代将軍。父は2代将軍義詮(よしあきら)。母は石清水八幡宮検校(いわしみずはちまんぐうけんぎょう)善法寺通清(ぜんぽうじつうせい)の娘紀…

あしかが‐よしみつ【足利義満】

精選版 日本国語大辞典
室町幕府第三代将軍。義詮(よしあきら)の子。応安元年(一三六八)将軍となる。有力守護大名や朝廷を抑え、室町幕府権力を確立。応永元年(一三九四…

足利義満 あしかがよしみつ

旺文社日本史事典 三訂版
1358〜1408室町幕府3代将軍(在職1368〜94)義詮 (よしあきら) の子。尊氏の孫。11歳で将軍となり,管領細川頼之 (よりゆき) の補佐をうけ,1378年…

きたやま‐どの【北山殿】

デジタル大辞泉
京都北山にあった足利義満あしかがよしみつの別荘。義満の死後、鹿苑寺ろくおんじ(金閣寺)となった。北山第きたやまてい。足利義満の異称。

源道義 げんどうぎ

旺文社日本史事典 三訂版
⇨ 足利義満

鹿苑院 (ろくおんいん)

デジタル版 日本人名大辞典+Plus
⇒足利義満(あしかが-よしみつ)

日明貿易【にちみんぼうえき】

百科事典マイペディア
室町〜戦国時代に行われた日本・明国間の貿易。財源獲得の一助として,1401年足利義満は遣明船を派遣。形式は朝貢貿易。1404年明から日本にも勘合符…

むろまち‐ばくふ【室町幕府】

デジタル大辞泉
延元元年=建武3年(1336)足利尊氏あしかがたかうじが京都に開いた武家政権。鎌倉幕府の制度をほぼ継承し、15世紀の後半、応仁の乱で無力化して戦国…

きたやま‐どの【北山殿】

精選版 日本国語大辞典
[一] 京都市の市街地の北西方、衣笠山のふもとにあった足利義満の別荘。鎌倉時代に西園寺公経(さいおんじきんつね)が営んだ山荘を応永元年(一三九四…

北山殿 (きたやまどの)

デジタル版 日本人名大辞典+Plus
⇒足利義満(あしかが-よしみつ)

まんさい【満済】

デジタル大辞泉
[1378~1435]室町前期の真言宗の僧。京都の人。足利義満の猶子となり、醍醐寺座主ざす・東寺長者・准三后となった。足利義満・義持・義教の3代にわ…

むろまち‐どの【室町殿】

精選版 日本国語大辞典
[一] 足利義満の造営による京都室町にあった足利家の邸宅。別名「花の御所」とも。[二] (一)から転じて、室町幕府および足利将軍の称。

日野業子

朝日日本歴史人物事典
没年:応永12.7.11(1405.8.5) 生年:生年不詳 室町幕府3代将軍足利義満の妻。日野時光の娘。永和初年ころ,禁裏後宮の実力者であったおば二品尼日野宣…

ろくおん‐いん〔ロクヲンヰン〕【鹿苑院】

デジタル大辞泉
相国寺しょうこくじ内の塔頭たっちゅう。足利義満の修禅道場として開創。院主が歴代僧録に任じられた。

あしかが【足利】[姓氏]

デジタル大辞泉
姓氏の一。源義家の孫、義康が下野しもつけ足利荘しょうを本拠として称した氏。[補説]「足利」姓の人物足利氏満あしかがうじみつ足利成氏あしかがし…

鹿苑寺 ろくおんじ

山川 日本史小辞典 改訂新版
京都市北区にある臨済宗相国寺派の寺。北山と号し,通称は金閣寺。開山は夢窓疎石(むそうそせき)。足利義満が営んだ北山殿(きたやまどの)の舎利殿(金…

おがさわら‐ながひで〔をがさはら‐〕【小笠原長秀】

デジタル大辞泉
[?~1424]室町中期の武将。信濃の守護。礼式や騎射の法に通じ、足利義満の弓馬術の師範となった。義満の命により武家の礼法を定めたと伝えられる。

ろくおん‐いん ロクヲンヰン【鹿苑院】

精選版 日本国語大辞典
京都市上京区の相国寺(しょうこくじ)にあった塔頭(たっちゅう)。足利義満の創建。院内に蔭涼軒があった。

おうえい‐の‐らん【応永の乱】

デジタル大辞泉
応永6年(1399)大内義弘が足利義満に背いて堺に挙兵、敗死した事件。これを機に、守護大名に対する将軍権力が確立した。

紀良子 (きの-よしこ)

デジタル版 日本人名大辞典+Plus
1336-1413 南北朝時代,足利義詮(よしあきら)の側室。建武(けんむ)3=延元元年生まれ。石清水八幡宮社務善法寺通清の娘。3代将軍足利義満(よしみつ),…

かまくら‐ごさん【鎌倉五山】

デジタル大辞泉
鎌倉にある臨済宗の五大寺。建長寺・円覚寺・寿福寺・浄智寺・浄妙寺。室町時代、足利義満のときに五山の制により定められた。関東五山。

北山院

朝日日本歴史人物事典
没年:応永26.11.11(1419.11.28) 生年:応安2/正平24(1369) 室町時代,足利義満の正室。日野康子の院号。日野資康の娘で,応永初年ごろ室町幕府3代将軍…

かえいさんだいき〔クワエイサンダイキ〕【花営三代記】

デジタル大辞泉
室町幕府に関する記録。3巻。筆者未詳。将軍足利義満・義持・義量の3代にわたり、幕府の行事・法令や武家風俗などを記す。室町記。武家日記。

ごめん‐がわ〔‐がは〕【御免革】

デジタル大辞泉
1 《足利義満が紫色の錦革にしきがわを好み、その使用を一般に禁じたところから》錦革の紫地以外のもの。2 ⇒正平革しょうへいがわ

むろまち‐どの【室町殿】

デジタル大辞泉
京都市上京区にあった足利将軍家の邸宅。3代将軍足利義満が天授4=永和4年(1378)に造営。庭に多くの花を植えたので花の御所の名がある。室町幕府。…

おうえい【応永】 の 乱((らん))

精選版 日本国語大辞典
室町初期の応永六年(一三九九)、大内義弘が起こした反乱。将軍足利義満に対抗し、関東管領(かんれい)足利満兼らと結んで堺に挙兵したが、義満は畠…

足利氏【あしかがうじ】

百科事典マイペディア
清和源氏。源義家の孫義康が祖。本拠は下野(しもつけ)国足利荘。鎌倉時代上総(かずさ)・三河の守護。14世紀尊氏のとき政権を握り,室町幕府を開いた…

伊勢貞行 (いせ-さだゆき)

デジタル版 日本人名大辞典+Plus
1358-1410 南北朝-室町時代の武将。延文3=正平(しょうへい)13年生まれ。伊勢貞信の子。伊勢貞国の父。将軍足利義満(よしみつ)につかえ,明徳4年政所…

か‐えい〔クワ‐〕【花営】

デジタル大辞泉
室町幕府を風雅にいった語。足利義満が京都室町に幕府を構え、花樹を多く植えたのを人々が「花の御所」と呼んだところから、柳営りゅうえいになぞら…

花の御所 はなのごしょ

旺文社日本史事典 三訂版
京都室町にあった足利将軍家の邸宅室町殿ともいう。1378年3代将軍足利義満が北小路北,室町東に造営。四季の花がいろいろ植えられ,華麗を誇りこの…

平頼秀 (たいらの-よりひで)

デジタル版 日本人名大辞典+Plus
?-1379 南北朝時代の武将。大和(奈良県)十津川で南朝のため活動。永和5=天授5年1月15日将軍足利義満を殺そうとしたが捕らえられ,きられたという。

めいとく‐の‐らん【明徳の乱】

デジタル大辞泉
元中8=明徳2年(1391)将軍足利義満に挑発されて、山名氏清・満幸らが室町幕府に対して起こした反乱。氏清は戦死し、満幸はのちに殺され、山名氏の…

畠山満家【はたけやまみついえ】

百科事典マイペディア
室町前期の武将。父は基国。満家は将軍足利義満に疎まれていたため,1406年基国の没後,家督と河内など4ヵ国守護職は弟満慶(みつのり)が継いだ。140…

畠山満家 (はたけやま-みついえ)

デジタル版 日本人名大辞典+Plus
1372-1433 室町時代の武将。応安5=文中元年生まれ。畠山基国の子。足利義満にうとまれたため,弟畠山満慶(みつのり)が家督をつぐ。応永15年義満没後…

やまな‐うじきよ〔‐うぢきよ〕【山名氏清】

デジタル大辞泉
[1344~1392]南北朝時代の武将。北朝方として大功を挙げ、丹波などの守護となったが、その勢力が強大なのを恐れた足利義満と反目し、明徳の乱を起…

きょうと‐ごさん〔キヤウト‐〕【京都五山】

デジタル大辞泉
京都にある臨済宗の五大寺。南禅寺を別格とし、その下に天竜寺・相国寺しょうこくじ・建仁寺・東福寺・万寿寺が位置する。室町時代、足利義満の時に…

室町幕府【むろまちばくふ】

百科事典マイペディア
足利幕府とも。1336年足利尊氏が開設して以来京都に存続した足利氏を首長とする武家政権。室町の名は3代義満の邸宅(室町殿・花の御所)の所在地に…

あしかが‐うじみつ【足利氏満】

精選版 日本国語大辞典
南北朝時代の武将。第二代関東公方。基氏の子。康暦元年(一三七九)将軍足利義満にそむこうとしたが、上杉憲春の諫死により断念。延文四~応永五年…

けんみん‐し【遣▽明使】

デジタル大辞泉
室町幕府が明に派遣した使節。応永8年(1401)足利義満あしかがよしみつが派遣したのが始まりで、使節は明国から送付してきた勘合を携行し、貿易にも…

おがさわら‐ながひで【小笠原長秀】

精選版 日本国語大辞典
室町前期の武将。弓馬の術にすぐれ、故実に通じる。将軍足利義満の指南を務め、命により武家礼式を撰した。「三議一統」は長秀の撰ともいわれる。応…

日本国王【にほんこくおう】

百科事典マイペディア
中国明(みん)との外交に室町幕府の将軍が使用した称号。1402年,交易を希望していた将軍足利義満に対し,明は〈日本国王源道義〉と記した詔書を返付…

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