日本大百科全書(ニッポニカ) 「ハタハタ」の意味・わかりやすい解説
ハタハタ
はたはた / 鱩
鰰
Japanese sandfish
[学] Arctoscopus japonicus
硬骨魚綱スズキ目ハタハタ科に属する海水魚。茨城県以北の太平洋沿岸、山口県以北の日本海沿岸と北海道オホーツク海沿岸、日本海、オホーツク海、千島(ちしま)列島、カムチャツカ半島南東部、アリューシャン列島などの北太平洋に分布する。体は細長く、強く側扁(そくへん)し、腹部がやや突出する。口は上を向き、下顎(かがく)は上顎より突出する。上顎の後端は目の前縁下をわずかに越える。前鰓蓋骨(ぜんさいがいこつ)の後縁に5本の棘(きょく)がある。体に鱗(うろこ)がない。背びれは2基で広く離れ、第1背びれは8~9棘、第2背びれは11~16軟条。臀(しり)びれは基底が長く、28~34軟条。胸びれは非常に大きく、24~28軟条で、その後端は第1背びれの後端を越える。尾びれの後縁は截形(せっけい)(後縁が上下に直線状)。雄の腹面に大きな三角形状の生殖突起が突出する。体の背方は黄褐色で、不定形の黒褐色の斑紋(はんもん)があり、腹部は銀白色。水深100~400メートルの砂泥底にすみ、薄明と薄暮時に小形の甲殻類や魚類などを活発に食べるが、それ以外は砂の中に体の半分を埋めて隠れている。この習性から、英名をサンドフィッシュという。
生後満3年になると全長20センチメートルくらいになり成熟する。産卵期は11月下旬から12月下旬である。11月下旬ころ、沿岸水温が7~8℃くらいになると、水深2~3メートルの沿岸の藻場(もば)に群れをなして押し寄せる。産卵場は北海道周辺、秋田県から山形県の沿岸、および朝鮮半島東岸などが知られているが、秋田県沿岸はとくに有名である。この季節には、冬の雷がよく鳴るのでカミナリウオともよばれている。産卵は多くは早朝に行われ、雌は卵塊をいちどきに全部産み出す。粘着性沈性卵で、海水に触れると密着して球状に固まる。卵塊は水深50~150メートルに繁茂しているホンダワラ、アカモク、オオバモクなどの海藻に産み付けられ、多くは海底から20~60センチメートルのところに付着する。卵塊は中空で、色は淡紅色、淡緑色、淡褐色などと変化に富み、直径は3.3~7.0センチメートルである。1尾の抱卵数は600~2300粒。卵は大きく卵径1.5~3.0ミリメートルで、卵膜は厚くてきわめて強い。孵化仔魚(ふかしぎょ)は全長7~11ミリメートルで、1歳で体長約10センチメートル、2歳で約16センチメートル、3歳で約18~19センチメートル、4歳で20センチメートル以上に成長する。最大体長は30センチメートルに達する。産卵のために接岸した産卵群(産卵に参加する群れ)は定置網や引網で多量に漁獲される。産卵期以外の深海にすむものは底引網で漁獲される。煮魚、焼き魚、干物、糠(ぬか)漬け、いずし(なれずしの一種)などにする。白身の肉はやや柔らかいがおいしい。卵塊はブリコといわれて、煮物、焼き物などにして、そのプリプリとねばねばの食感を楽しむ。秋田県では肉や内臓を塩漬けにして発酵させて、魚醤(ぎょしょう)の一種のしょっつるをつくる。
[片山正夫・尼岡邦夫 2021年2月17日]
料理
白身の魚で、脂質が比較的多いが、味はあっさりしている。塩焼き、煮つけ、鍋物(なべもの)、田楽(でんがく)、てんぷら、みそ汁、粕(かす)汁など広く利用できる。卵(ブリコ)は、なまのまましょうゆと海苔(のり)をかけて食べたり、みそ汁、粕汁などにする。加工品では、干物、塩辛などがある。
ハタハタは北海道から東北、山陰に分布するが、秋田地方のはたはた料理はとくに有名である。この地方の正月用の魚はハタハタで、とくに「はたはたずし」は正月料理として欠かせない。塩漬けしたハタハタを米飯と麹(こうじ)で3~4週間漬け込んでつくるもので、いずしの一種である。しょっつる鍋は、しょっつる(塩汁)でハタハタや野菜を煮る鍋物である。しょっつるとは、イワシやハタハタなどの魚を2~3年塩漬けして発酵させ、出てきた液の上澄みを漉(こ)したもので、「くさや」に似た特有のにおいがある。
[河野友美]
民俗
民謡「秋田音頭(おんど)」で、秋田名物の筆頭にあげられているのがハタハタとその卵塊のブリコである。ハタハタの国字や漢字は、鰰、鱩、神魚、雷魚、神成魚、神鳴魚、波太多雷魚、霹靂魚などと、雷に由来するものばかりである。また『秋田風俗問状答』などにも、この魚は雷を好むように群集するとあり、珍しく冬に雷が鳴るという秋田地方で語源が発祥したのであろう。また佐竹魚(さたけうお)といわれるのは、秋田藩主佐竹氏の移転にこの魚も従ったという伝説による。卵は禁漁にされたが、ブリの卵とごまかしてブリコといったとか、バラバラにならないので「不離子」とする説もある。
[矢野憲一]
『渡辺一著『ハタハタ――生態からこぼれ話まで』(1977・無明舎出版)』▽『八柳吉彦著『ハタハタの海』(1991・秋田魁新報社)』▽『日本栽培漁業協会編・刊『ハタハタの生物特性と種苗生産技術』(2002)』