空蝉・虚蝉(読み)うつせみ

精選版 日本国語大辞典 「空蝉・虚蝉」の意味・読み・例文・類語

うつせみ【空蝉・虚蝉】

[1] 〘名〙
[一]
① この世に生きている人。うつしおみ。うつそみ。
万葉(8C後)二・二一〇「打蝉(うつせみ)と 思ひし妹が たまかぎる ほのかにだにも 見えなく思へば」
現世。この世。人の世。うつそみ。
※万葉(8C後)一九・四一八五「宇都世美(ウツセミ)は 恋を繁みと 春まけて 思ひ繁けば」
[二] ((一)を、「空蝉」「虚蝉」などと表記したところから「うつ‐せみ」と意識されて)
① 蝉のぬけがら。《季・夏》
古今(905‐914)物名・四四八「空蝉のからは木ごとにとどむれどたまのゆくへをみぬぞかなしき〈よみ人しらず〉」
② 蝉。
※後撰(951‐953頃)夏・一九五「うつせみの声きくからに物ぞ思ふ我も空しき世にしすまへば〈よみ人しらず〉」
③ (その音が蝉の声に似るところから) 楽器の一種「けい(磬)」の異称
菟玖波集(1356)雑体「説法しける道場に鳥の形なりけるこゑをうつせみの聴聞の人の中にいひける」
④ 魂が抜け去ったさま。気ぬけ。虚脱状態。
※天理本狂言・鳴子(室町末‐近世初)「わがこいはもぬけの衣(きぬ)のうつせみの一夜(ひとよ)きてこそ猶(なほ)物思へ」
⑤ 蛻(もぬけ)の殻の形容。からっぽ。
浄瑠璃神霊矢口渡(1770)二「御台所は忙然と歎に心空蝉(ウツセミ)のもぬけのごとくにおはせしが」
⑥ 遊里の語。客に揚げられた遊女が手洗いに立ったふりをして、他のなじみ客の所に行って逢うこと。また、それによる空床。
※評判記・難波鉦(1680)二「うつ蝉(セミ)とて用をかなへに行ふりで、かふろを雪隠(せっちん)の口につけ置、我みはあひにゆきます」
安永一七七二‐八一)頃の遊女の髷(まげ)の名。形は島田髷に似る。蝉のぬけがらを連想させるところからの名か。
[2] (空蝉)
[一] 「源氏物語」第三帖の名。光源氏一七歳の夏。帚木の後半を受ける。源氏が三たび空蝉に近づいたが、空蝉は小袿(こうちき)をぬぎすべらしてのがれることを中心に描く。
[二] 「源氏物語」に登場する女性の一人。故衛門督の娘で、伊予介の後妻。一度は源氏に身を許したが、不釣合の身を考え、以後源氏を避け続ける。源氏の贈った「空蝉の身をかへてける木の下になほ人がらのなつかしきかな」によってこの名で呼ばれる。
[三] 謡曲。三番目物。廃曲。作者不詳。「源氏物語」による。旅僧が都の三条京極中川を訪れると、空蝉の亡霊が現われて光源氏との恋物語をし、僧の回向をうけて成仏する。
[語誌](1)和歌では、(一)の(一)と(二)とをかけて用いることが多い。
(2)従来、「うつしおみ」→「うつそみ」→「うつせみ」という語形変化が想定されてきたが、「うつしおみ」を「現実の臣下」と解釈すると、このつながりは説明できない。
(3)「万葉集」では、「この世」「(この世の)人」という意味に用いられ、むなしいものというニュアンスはないが、「空蝉」「虚蝉」「打蝉」などの表記から、はかないもののたとえになっていったとみられる。

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