複合社会(読み)ふくごうしゃかい

日本大百科全書(ニッポニカ) 「複合社会」の意味・わかりやすい解説

複合社会
ふくごうしゃかい

この用語は三つの文脈で提起された。(1)H・スペンサーの用語 彼は人間社会を生物有機体になぞらえてとらえ、生物が単純で同質的な有機体からしだいに複雑で異質な内部構造をもつ有機体に進化してきたのと同様に、社会も原始的な単純社会から構造的にも機能的にも分化した社会に進化するとみたが、その過程で複数の単純社会が結び付いて合成され一定の政治組織をもつようになった状態を複合社会compound societyとよんだ。そしてさらにこれが再合成されて社会機能がいっそう分化し政治的統合が進んだ段階の社会を二重複合社会、もっとそれが進化した文明的段階の社会を三重複合社会とよんでいる。なお、複合社会のかわりに合成社会という訳語をあてる場合もある。(2)ファーニバルJ. S. Furnivallの用語 彼はオランダ植民地だった当時のインドネシア社会を分析する際に、この用語を使った。彼によれば、同一の政治単位のなかに複数の異なる宗教人種や社会体系が隣り合って併存し、しかも互いに混合も融合もしないでいるような社会が複合社会plural societyである。複数の民族がそれぞれ独自の文化をもっているだけでなく、自分たちだけの社会組織をもち、しかも特定の経済機能を担って相互に分節化した生活圏を形づくりながら一つの政治権力の下で共棲(きょうせい)しているような社会がその典型である。(3)A・R・ラドクリフ・ブラウンの用語 西欧の国家がアフリカなどの各地に植民地をつくったあと、そこにヨーロッパ人が支配する政治経済と現地人が担う伝統的文化との二層構造をもつ社会が形成された。このような社会を彼は複合社会composite societyとよんだ。この社会では政治経済の権力を握る前者と土着の生活者としての後者とは、それぞれ異質な言語、慣習、価値態度をもって相互に隔たっているだけでなく、階級的な支配・従属関係をなしているという。

 いずれにしても複合社会の概念は、分節的に存在していた同質的な小社会がより大きな政治単位の下に包摂された際に形成される社会構造を説明するものとして打ち出されたといえる。この概念は、今日の社会学が先進社会を分析する際にはほとんど使われていないが、文化人類学における発展途上国社会の研究では批判的、発展的に継承されている。

[石川晃弘]

『青柳清孝著『複合社会』(『講座現代文化人類学3』所収・1960・中山書店)』

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改訂新版 世界大百科事典 「複合社会」の意味・わかりやすい解説

複合社会 (ふくごうしゃかい)
plural or composite society

オランダの社会学者ファーニバルJ.S.Furnivalは,同一の政治単位内に二つ以上の要素または社会体制が隣接して存在しながら,互いに混合・融合することがないような社会を複合社会と呼んだ。ここでいう要素とは宗教的要素,人種的要素などさまざまである。アイルランドでは住民は宗教的に明瞭に区分され,アメリカ合衆国では人種的複合状態が存在する。ファーニバルに対してイギリスの社会人類学者ラドクリフ・ブラウンは,未開民族とヨーロッパ人の接触以来,両者によって構成されるようになった社会を複合社会と呼んだ。すなわちそこではヨーロッパ人優位の政治経済構造が確立しており,言語,慣習,価値態度の異なる両者から成る新しい社会構造が形成される。その錯綜した例として,彼は南アフリカ連邦(現,南アフリカ共和国)をあげている。この定義は前者に比べて,状況をより限定しており,〈同一の政治単位〉という代りに社会構造という表現を用いている。その社会構造にあっては,両者は支配・従属の関係にあり,集団として厳然と分けへだてられている。にもかかわらず,とくに経済的に,一方が存在しなくては他方も存在しえないようなきずなによって結ばれていることが特徴である。これは明らかに植民地的状況の社会を指し示している。そのほか複合社会としてよくとりあげられてきた例に,かつてのオランダ領インドネシア,東アフリカのイギリス領ウガンダやマラヤ連邦(現,マレーシア連邦の一部)がある。第1の例はオランダ人,華僑とインドネシア人によるもの,第2はイギリス人,インド人とアフリカ人によるもの,第3はマレー人と華僑・印僑などの非マレー人によるものである。両者によって提起された複合社会の概念は植民地社会の後退とともにあまり使用されなくなった。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「複合社会」の意味・わかりやすい解説

複合社会
ふくごうしゃかい
plural society

諸民族が階層を成す社会。オランダのビルマ史家 J.S.ファーニバルが唱えた植民地構造の一特色で,社会の頂点に植民地権力のにない手であるヨーロッパ人が,底辺には圧倒的多数の先住民が位置し,その中間にインドや中国など巨大な人口を擁する隣国からの移民が「東洋的外国人」として介在する状況をいう。オランダの経済学者 J.H.ブーケはこれを,土着の伝統的経済機構と植民地型の近代経済機構の併存する「二重経済」ととらえている。複合社会や二重経済と並んで,土着の封建的支配体制を温存する「間接支配」などの植民地的構造は,宗主国にとっては効率的であったが,脱植民地後の新興国家には国民統合の面からも経済自立の面からも重大な弊害とならざるをえなかった。

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百科事典マイペディア 「複合社会」の意味・わかりやすい解説

複合社会【ふくごうしゃかい】

同一政治単位内にあって隣接存在しながら,互いに融合しない複数の集団を含む社会。各集団は互いに異なった文化をもち,相互に一部借用・変容の過程がみられても文化的に不連続で,経済的にも政治的にも利害の一致がみられないとされる。

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世界大百科事典(旧版)内の複合社会の言及

【東南アジア】より

…インドと中国という大文明の中間地帯にあって,さまざまな土着の信仰体系の上に重層した仏教,イスラム,キリスト教が国教ないしはそれに準じた扱いを受け,ポルトガル,スペイン,イギリス,オランダ,フランスとそれぞれ宗主国の異なる旧植民地国の遺産も受け継いでいる。西欧資本主義との遭遇によって生じた社会経済的な亀裂は,二重経済,複合社会,コミュナリズムと名づけられて,現在に至るまでその社会を特色づけている。すなわち,近代的独立国家の枠組みの中に国家エリート,都市,村落,プランテーション,部族社会が類型的に同時存在している世界である。…

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