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マラヤ連邦 マラヤレンポウ

世界大百科事典 第2版の解説

マラヤれんぽう【マラヤ連邦 Federation of Malaya】

現在のマレーシアの前身をなし,1948‐57年はイギリスの植民地,57年独立,63年にマレーシア連邦となる。マレー半島とボルネオ島北西部は第2次大戦前はイギリスの植民地であったが,その行政は海峡植民地マレー連合州,非連合州などに分かれ,複雑であった。そこで戦後イギリスはこれらの地域を統一して独立を供与することとし,その基本構想としてマラヤ連合Malayan Union案を提示した。これはシンガポールを除くマレー9州とペナン,マラッカを統合し,住民に対してはその出身を問わずに平等の権利を与えようとするものであった。

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大辞林 第三版の解説

マラヤれんぽう【マラヤ連邦】

〔Malaya〕 1948年イギリスの保護のもとに、マレー半島南部に設立された連邦国家。57年独立。63年マレーシア連邦結成に際し、その中心となる。

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世界大百科事典内のマラヤ連邦の言及

【マレーシア】より

…イギリスは特殊部隊を組織し,主として中国人から成り,マラヤ共産党の指導下にあるマラヤ人民抗日軍を援助したが,その活動は限られたものであった。
[マラヤ連合からマラヤ連邦へ]
 1945年8月15日の日本の無条件降伏は,イギリスにとって予想外のことであった。このためイギリス側には的確な状況判断がないままにマラヤに復帰することとなり,戦後の処理にも不手際が続き,住民の信用を失った。…

※「マラヤ連邦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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