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アイルランド Ireland

翻訳|Ireland

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アイルランド
Ireland

正式名称 アイルランド。アイルランド語ではエール Éire。
面積 7万273km2
人口 459万4000(2013推計)。
首都 ダブリン

アイルランド島の 80%以上を占める共和国。国土の大半が丘陵性の平原で,湖沼やフィヨルドが多い。西岸海洋性気候に属し,年中湿潤で,夏は涼しく,冬は暖かい。前4世紀頃アイルランド島に移住してきたケルト人(ゲール人)が,9世紀初頭に定住したノルマン人と混血して今日のアイルランド人の基礎をつくった。グレートブリテン島とは異なり,アングロ・サクソン人の影響は民族形成上あまり強くない。ブリティシュ諸島のなかで最も早く 5世紀に聖パトリックによってキリスト教がもたらされ,住民の 90%以上がカトリック教徒である。第1公用語のアイルランド語を話せる人は国民の 30%以下で,第2公用語の英語が広く用いられている。12世紀以降,イギリスの支配を受け,長年にわたる圧制と,独立運動と宗教抗争の歴史が続き,特にオリバー・クロムウェルの時代にイギリスの圧制はその極に達し,カトリックを主とするアイルランド農民はイギリスの不在地主のもとに「アイルランドの貧窮」と呼ばれる状況に長い間押しとどめられることとなった。このため新大陸へ移住した人々も多く,今日,アメリカ合衆国におけるアイルランド系住民は 200万人をこえる。1922年,アイルランド島 32県のうち 26県がアイルランド自由国の名のもとに自治領となり,1937年,新憲法を制定して国名をエールと改めたのち,1949年,イギリス連邦からも独立した共和国となった。一方,プロテスタントの移住者が多い北部のアルスター地方 6県は,北アイルランドとして,イギリス統治下にとどまり,その後の北アイルランドにおける暴動と衝突の遠因となった(→北アイルランド紛争)。1973年ヨーロッパ共同体 ECに加盟(→ヨーロッパ連合)。国土の 3分の2は農耕地と牧地に利用される。1977年からヨーロッパ最大級の鉛と亜鉛の鉱山がミーズ県で開発され,東海岸沖で石油,天然ガスも採掘されている。工業は農牧業に並ぶ経済基盤であり,化学,金属,機械,食品,繊維などの工業が発達,エレクトロニクス産業の発展も著しい。また年間 300万人をこえる観光客が訪れる。(→アイルランド史

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百科事典マイペディアの解説

アイルランド

◎正式名称−アイルランドIreland。◎面積−7万273km2。◎人口−459万人(2011)。◎首都−ダブリンDublin(53万人,2011)。◎住民−ケルト系のアイルランド人。◎宗教−カトリック88%。◎言語−アイルランド語,英語(以上公用語)。◎通貨−ユーロEuro。◎元首−大統領,ヒギンズMichael Higgins(2011年11月就任,任期7年)。◎首相−ケニーEnda Kenny(2011年3月就任)。◎憲法−1937年12月発効。◎国会−二院制。上院(定員60,うち6は大学から,43は職域代表から選出,11は首相が任命,任期5年),下院(定員166,任期5年)(2015)。◎GDP−2550億ドル(2007)。◎1人当りGDP−4万5580ドル(2006)。◎農林・漁業就業者比率−9.2%(2003)。◎平均寿命−男78.3歳,女82.8歳(2011)。◎乳児死亡率−3‰(2010)。◎識字率−100%。    *    *アイルランド島の大部分を占める共和国。エールとも。レンスター,マンスター,コナハト,アルスターの4地域からなり,国土の約70%が農地,牧場。酪農を主とする農業国で,主要農産物はジャガイモ,小麦。地下資源に乏しく,工業はバター,チーズなど食品加工業,タバコ,製糖が主で,家畜,酪農製品を輸出し,石炭,石油,工業製品を輸入する。〔歴史〕 12世紀以降イングランドの勢力が及んだが,16世紀後半のエリザベス1世の治世から植民地化の動きが強まり,ことにピューリタン革命の際にはクロムウェルによって徹底的な収奪をうけた。以後もカトリック教徒の農民はイギリス人の不在地主のもとで貧困状態に留められたが,1800年に正式にイギリスと合同して連合王国の一部となった。カトリック教徒の解放(〈カトリック解放法〉参照),アイルランド問題は19世紀英国の政界の最大の争点であった。1914年自治法は成立したものの,第1次大戦の勃発によって実施は延期されたため,1916年ダブリンで武装蜂起(イースター蜂起)があり,1919年農民の武装闘争が始まった。1921年英国との条約が成り,1922年北部を除いたアイルランド自由国が自治領として成立を認められた。1937年憲法を制定し,国号をアイレと改め,第2次大戦中は中立を堅持した。戦後の1949年新憲法を制定し,イギリス連邦から離脱してアイルランド共和国に改めた。〔現代〕 しかし政府は独立の過程で分離した北アイルランドの問題をかかえ,武力による南北の統一を唱えるIRAアイルランド共和軍)によるテロ行為に反対しながら,統一の道を模索してきたが,1998年4月英国・アイルランド両国の間で北アイルランド和平の包括的合意が成立した。翌1999年12月カトリック,プロテスタント両勢力の代表者による自治政府が発足したものの,治安面に不安を残し,2002年10月英国は自治を凍結して直轄統治に戻した。2007年5月2勢力の合意に基づき,再度自治政府が復活。アイルランドは,1973年EC(現EU(ヨーロッパ連合))に加盟している。〔経済〕 経済は2007年から急速な落ち込みがはじまり,さらに金融機関・証券会社がアメリカのサブプライム問題の直撃を受け巨額の損失を計上し,失業率は10%を超え,財政は危機的状況に陥った。2010年11月,統一アイルランド党と労働党の連立政権のケニー(統一アイルランド党)内閣は,EUに金融支援を要請した。ユーロ圏でギリシアに続く二番目の財政支援要請に,EUは〈欧州金融安定化メカニズム〉によって支援を決め,IMFと協調して救済に乗り出した。EU・欧州中央銀行・IMFのトロイカによる財政支援プログラムの着実な実施が求められる。2012年5月,加盟国の財政規律を高めるためのEU財政協定の批准をめぐって国民投票が行われ,賛成が6割に達し批准された。ケニー政権は引き続き財政再建と経済回復を最優先課題としている。2011年,2012年は好調な輸出に支えられプラス成長に転じたが,依然として国内需要は弱く,多くのセクターが低迷状態にあり失業率も高水準にある。2013年はトロイカによる支援プログラムが終了することから,政権にとって,その後の資金調達を含め,緊縮財政と経済発展が最大の課題となる。2013年5月,EU財務相会議は,EUなどの支援の返済期間を最大7年延長することで合意した。
→関連項目欧州債務問題聖パトリック・デーボイン渓谷の遺跡群

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世界大百科事典 第2版の解説

アイルランド【Ireland】

正式名称=アイルランドÉire(エール=アイルランド語)∥Ireland(英語)面積=7万0285km2人口(1996)=359万人首都=ダブリンDublin(日本との時差=-9時間)主要言語=アイルランド語,英語通貨=アイルランド・ポンドIrish Poundヨーロッパ北西部,アイルランド島にある共和国。アイルランド共和国は憲法で全島を国土と規定しているが,現実にはイギリスに属する北アイルランドを除く島の約8割を統治している。

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世界大百科事典内のアイルランドの言及

【エール】より

…1937年憲法で規定されたアイルランド国のアイルランド語による国名。憲法制定当時の首相デ・バレラが,古代アイルランドの女王の名をとって,〈アイルランド自由国〉というそれまでの名称に代わる国名とした。…

※「アイルランド」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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