音響派(読み)おんきょうは(英語表記)electronica

翻訳|electronica

日本大百科全書(ニッポニカ) 「音響派」の意味・わかりやすい解説

音響派
おんきょうは
electronica
onkyo

1995年ころから一般に広まった音楽ジャンルの一つ。低廉化したサンプリング機材やコンピュータなどを用いて行う、音響素材の直接的操作構築といった制作手法を特徴とし、はっきりしたメロディや和声を構成するよりも、音響の微妙なテクスチャーを重視した一連の音楽を指す。

 音響派という用語自体は、東京・渋谷にあった実験的ポップ・ミュージックを扱うレコード店「パリペキンレコード」でのレコード分類コーナーの一つとして発生したとされる。この用語で名指されるようになった音楽は、シー・アンド・ケイクの『ザ・シー・アンド・ケイク』(1994)、トータスの『ミリオンズ・ナウ・リビング・ウィル・ネバー・ダイ』、ガスター・デル・ソルの『アップグレイド&アフターライフ』(ともに1996)といった作品に代表されるシカゴ音響派をはじめ、フィンランドパナソニック(後にパンソニックに改名)の『バキオ』Vakio(1995)、京都のパフォーマンス・グループ、ダムタイプの音楽を担当する池田亮司(1966― )の『+/-』(1996)、ウィーンのMegoレーベルを代表するピタの『セブン・トンズ・フォー・フリー』(1996)などがある。1990年代末になると、これらの作品を参照項としつつ、さまざまな音楽的傾向をもった作品が音響派というジャンル名のもとに生み出されていくようになった。

 また、ドイツマーカス・ポップMarkus Popp(1968― )によるユニット、オバルは、盤面に傷をつけたCDが音飛びすることによって出る音を独自のメソッドで構築した『94ディスコント』94 Diskont(1995)などの作品で知られるが、最終的にはそのメソッドを収録したコンピュータ・プログラム「オバルプロセス」を使用し任意の音響を入力し処理することによって、誰にでも「オバルの音楽」を作成できるようになるという(2000年に『オバルプロセス』という同名タイトルのCDアルバムがリリースされている)。ここには、音響派と名指される音楽実践における、音楽創作の主体性に対する批判的な観点を見て取ることができる。

 音楽評論家の佐々木敦(1964― )によれば、音響派という観点は、音楽創作よりも音楽聴取に関わるものであり、ジョン・ケージの音楽思想をよりラディカルに展開するものである。音楽を旋律や和声、ビートの側面から捉えるのではなく、その響きそれ自体に焦点を定める聴取の姿勢は、既存の音楽に対する見方の転換を促すことにもなり、ジョン・フェイヒイJohn Fahey(1939―2001)などの過去の音響派的な音楽家の再評価にもつながった。

 音響派にカテゴライズされるミュージシャンたちは、その呼ばれ方を必ずしも好まないが、テクノ、現代音楽、ポスト・ロック(伝統的なロック・サウンドにとらわれない音楽をロック的フォーマットによって展開するジャンル)、アンビエント・ミュージックなどの間にありながら、そのどこにも属さない境界領域の音楽群を指す便利なジャンル名として、この言葉は定着しつつある。

[増田 聡]

『佐々木敦著『テクノイズ・マテリアリズム』(2001・青土社)』

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