アメリカの政治家、国務長官(民主党)。コネティカット州出身。エール、ハーバード両大学に学ぶ。政財界と関係の深い弁護士となり、1933年ルーズベルト政権の財務次官に任じられるが、金買上げ策に反対して辞任。第二次世界大戦中ふたたび国務次官補となり、連合国援助、IMFや世界銀行の創設に努力。1945年から国務次官としてトルーマン・ドクトリン、マーシャル・プラン形成に参画した。1949年から1953年まで国務長官を務め、その間NATO(ナトー)創設、日米安保条約締結など対ソ封じ込め政策の完成に努めた。引退後も対外政策の「識者」として政界に一定の影響力を有し、とくにジョンソン政権にベトナム戦争の早期終結政策への転換を提言した。メリーランドで死去。
[遠藤雅己]
アメリカ合衆国の政治家,トルーマン政権の国務長官(在任1949-53)。弁護士を経て,1933年F.ローズベルト大統領の財務次官に就任。ドル平価切下げ政策に反対し5ヵ月で辞任したが,41年国務次官補として再び公職に復帰した。その後国務次官(1945-47),国務長官として,トルーマン・ドクトリンやマーシャル・プランの立案に関与し,また北大西洋条約機構(NATO)設立に携わるなど,〈封じ込め政策〉の推進者として活躍した。しかし中国革命の成功によってトルーマン政権の責任が問われた際,J.R.マッカーシーらの対国務省攻撃の矢面に立たされた。この批判を鎮める目的もあって,朝鮮戦争においてはアメリカ軍を派遣して38度線以北に侵入させ(マッカーサーの中国本土攻撃論には反対した),またこの戦争の過程で対日講和推進とNATO強化に努め,〈封じ込め政策〉を世界的規模に拡大していくうえでも重要な役割を果たした。
執筆者:藤本 博
アメリカの化学技術者,企業家で,炭化ケイ素(カーボランダム),人造黒鉛(人造グラファイト)の製法発明者。ワシントン生れ。貧しかったので10代から働き,1880年T.エジソンの研究所に勤務,そのかたわら電気技術を独学する。翌年パリの万国博覧会に出張,ひき続き各国での工場建設に従事する。帰国後独立し,90年には電気照明会社を設立,以後の旺盛な研究と企業活動には目をみはるものがある。土製るつぼ中での鉄鉱石の還元研究を行っていた際にたまたま炭化ケイ素が生成することを発見し(1891),その高温加熱による純粋グラファイト(1896),またコロイド状グラファイト(1906)等の製法を発明,電気化学およびその工業の発展に大きな貢献をした。1928年アメリカ電気化学会に彼の寄金によるアチソン賞が設けられ,みずから第1回の賞を受けた。
執筆者:肱岡 義人
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1893~1971
アメリカの国務長官(在任1949~53)。国務次官在任中トルーマン・ドクトリンに関与。国務長官就任後はソ連に対する「力の立場」を唱え,北大西洋条約,西ドイツ建設,対日講和条約,朝鮮戦争後の軍拡など一連の封じ込め政策を進めた。
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… 1948年11月,極東国際軍事法廷(東京裁判)が刑の宣告を行い,12月,A級戦犯7名を処刑するに及んで,対日早期講和の世論は国内外で高まり,ソ連は48年11月に続き49年5~6月,パリでの四国外相会議で対日講和の促進を要求し,またイギリス連邦諸国とくにオーストラリア,ニュージーランドは日本軍国主義の復活を恐れ,イギリスもアジア貿易における日本の競争力強化を懸念し,厳しい制限条項をもつ講和の早期実現を望んだ。49年半ばまでにアメリカは中国革命の進展をくい止めることができないと判断し,これに代わって対アジア政策における日本の役割を一段と重視するようになり,9月,国務長官アチソンはイギリス外相ベビンとの会談でイギリスの対日強硬方針を撤回させ,両国政府が対日講和の早期実現,ソ連の参加がなくても条約を締結するという単独講和方式をとること,講和後の日本に米軍基地を設けること,対日監視や過酷な賠償を課さないことで協力するという合意をとりつけ,共同歩調をとるようになった。50年2月,中ソは中ソ友好同盟相互援助条約を結び,日本軍国主義の復活に共同で対処する決意とともに対日講和の早期実現を強調した。…
…
[人造黒鉛artificial graphite]
黒鉛は広い用途をもつため,現在では工業的に製造された人造黒鉛が使用されている。アメリカのE.G.アチソンは,1896年に炭化ケイ素SiC製造用の炉を調べたところ,炉内の最高温度になる部位にSiCが分解して黒鉛が生成していることを発見,アーク炉により人造黒鉛を製造することを考えた。このため人造黒鉛をアチソン黒鉛ともいう。…
※「アチソン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、和歌山県串本町の民間発射場「スペースポート紀伊」から打ち上げる。同社は契約から打ち上げまでの期間で世界最短を目指すとし、将来的には...
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