分子やイオンの運動や化学変化と電気エネルギーとの関係,化学エネルギーと電気エネルギーとの相互変換,ならびにそれらの工業的応用を取り扱う学問分野。J.プリーストリーとH.キャベンディシュ(1775)は,湿った空気中で放電を行うと硝酸と亜硝酸ができることを観察したが,これは電流による化学変化についての最も古い記録の一つである。その後,二つの金属片をカエルの足に接触させると痙攣(けいれん)が起きることがL.ガルバーニ(1791)によって見いだされ,さらにA.ボルタの電堆が発明されるに至って,ここに電気化学の系統的な研究の歴史が始まった。以来,電気化学は古典的な物理化学の主要な分野として発展し(表参照),今日では生体電気現象,エネルギー変換など多方面との関連において重要な役割を演じている。
電気化学の研究対象となる最も基本的な系は,異種の電気の導体(そのうち少なくとも一つは電解質溶液のようなイオン伝導体とする)が直列につながっていて,その末端相の化学的組成が等しいものであり,これをガルバーニ電池という。その代表的な例はダニエル電池で,この種の系の構成を模式的に次のように表すことが多い。
Cu(端子)|Zn(電極)|ZnSO4(溶液)|
CuSO4(溶液)|Cu(電極)|Cu(端子)
硫酸亜鉛ZnSO4溶液と硫酸銅CuSO4溶液の濃度が相等しく,かつ電池内に電流が流れていないときには,銅Cu電極は亜鉛Zn電極に対して約1.1Vの電位差を示す。いま,端子間に適当な負荷を接続すると,電池内では亜鉛電極から銅電極に向かって電流が流れると同時に,電池は負荷に対して電気的な仕事を行う。このとき,亜鉛電極面ではZn─→Zn2⁺+2e⁻,銅電極面ではCu2⁺+2e⁻─→Cu(e⁻は電子)の電極反応が,また電池全体としては両電極反応を足し合わせてZn+Cu2⁺─→Zn2⁺+Cuの電池反応が進行し,それに伴う化学エネルギーが電気的仕事に変換されたことになる。
もう一つの例として,Pt|Na2SO4(溶液)|Ptで表されるガルバーニ電池の電極端子間に,外部回路として他の直流電源を接続し,端子間に約2V以上の電圧を加えてみる。そうすると,電位的により正の電極面では酸素ガスが,より負の電極面では水素ガスが発生する。これは,ガルバーニ電池に外部から電気的エネルギーを加えたことによって,電池内では水の分解反応H2O(液)─→H2(気)+1/2O2(気)が起こるためである。この逆反応H2(気)+1/2O2(気)─→H2O(液)の化学エネルギーを電気エネルギーに変換するのが酸水素燃料電池である。
上記のようなガルバーニ電池系内で起こることがらは,電極/溶液界面での電荷移動に関連する諸現象と,電極相や溶液相中での電荷移動に関する諸現象とに大別される。これら諸現象の基礎的解析ならびにその応用,さらに広義に解釈すれば,化学的な現象のなかで電荷や電位に関係のあるものはすべて電気化学の対象となりうる。すなわち,電気化学で取り扱うことがらの具体例としては次のようなものをあげることができる。(1)電解質溶液や溶融塩の性質(解離平衡,電気伝導性など),(2)電極/溶液界面の構造,(3)電極反応の平衡論および速度論(電池の起電力,酸化還元電位,電極触媒機構など),(4)光電気化学現象(光ガルバーニ効果,電解発光など),(5)電気化学的なエネルギー変換(各種の電池など),(6)腐食および表面処理(電析,電解めっき,電解研磨など),(7)生物電気化学(生体系の電荷移動,生体膜現象など),(8)電気化学分析および分離法(ポーラログラフィー,ポテンシオメトリー,電気泳動,電気透析など),(9)気体の放電現象(無声放電,放電電解など),(10)電気化学工業(アルミニウム電解製錬,アルカリ電解など)。
執筆者:玉虫 伶太
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
化学エネルギーと電気エネルギーとの相関関係を検討する物理化学の一分野.電気化学の理論は熱力学的な平衡論,反応速度論(とくに不均一反応),および電解質溶液論を主体として組み立てられている.その応用は,
(1)電源用電池の製造,
(2)電解製造(水電解,電解アルカリ,金属の精錬など),
(3)電解めっき,
(4)金属の腐食・防食,
(5)電解コンデンサーの製造,
(6)電熱工業,
(7)各種電気分析法,
などの多方面に及んでいる.電気化学の歴史はイタリアのL. Galvani(ガルバーニ)とA. Volta(ボルタ)にはじまり,起電力の概念や電池がはじめて得られた(1791~1792年).その後,M. Faraday(ファラデー)は電解に関するファラデーの法則を発見し,さらにイオン(カチオン,アニオン),電解質,電極(アノード,カソード)などの用語を提出して(1883年),電気化学の発展に大きく寄与した.電解質の水溶液中における電離については,S.A. Arrhenius(アレニウス)の説(1887年)が提出され,強電解質溶液の特異な挙動は,イオン間の静電的相互作用を考慮したデバイ-ヒュッケルの理論により説明された(1932年).水溶液の電解に関しては,1900年代はじめにF. Haber(ハーバー)やJ. Tafelによる過電圧と電流密度との対数関係が実験的に発見された.さらに,熱力学,量子力学,統計力学,絶対反応速度理論などの進歩とともに電極反応速度論などの研究が発展した.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
電気現象と物質との化学変化の関係を研究する化学の一分野。たとえば、界面電気現象、電離状態、物体の導電現象、半導体、電池、電極反応、水溶液や溶融塩の電解、非水溶媒中での酸化還元、などが研究対象である。今日これらの研究対象は有機化学、無機化学、工業化学のすべてにおいて関連しており、古典的なイメージを捨てるのであれば、「電気化学」という分野の存在は強く意識する必要はない。
歴史的には、狭義の電気化学は、イタリアのガルバーニの起電力の発見(1791年に公表)、ボルタの電池の発明(1800)に始まる。物質の中に電気的なもの―イオン―があることを提唱したのは、イギリスのファラデーであった。電気分解の実験からイオンを仮定し、電荷・単位電荷の概念が誕生し、発生する電気量と物質の量との関係をみいだした。これらは電気化学における基本法則である。
今日の化学では、原子の中の電子の役割が量子化学によって明らかとなったので、イオンの構造、酸・塩基の本質、酸化還元反応における電子の働きなど、電気化学発祥のころの疑問は解明されている。現在の研究対象は、化学反応における電子の微視的な働きの解明であり、それは固体表面における界面現象や、電場や電磁波を受けながらの物質の挙動などを電極反応として研究するなど、より量子化学的統計熱力学的になっているといえる。
[下沢 隆]
(市村禎二郎 東京工業大学教授 / 2007年)
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