改訂新版 世界大百科事典 「アミノ酸発酵」の意味・わかりやすい解説
アミノ酸発酵 (アミノさんはっこう)
amino acid fermentation
グルタミン酸,リジンなどのアミノ酸の微生物による生産の総称。
歴史
1956年木下祝郎らはL-グルタミン酸を直接培地中に生成蓄積する細菌Corynebacterium glutamicumを発見し,グルタミン酸発酵の工業化に成功した。L-グルタミン酸は化学調味料としてずばぬけて需要の多いアミノ酸で,それまではコムギまたは大豆タンパク質の塩酸による加水分解法により製造されていた。グルタミン酸発酵の発見は単に化学調味料の製造法を革命的に一変させたというだけでなく,微生物によるアミノ酸の工業生産が可能であることをはじめて明らかにし,その結果として各種アミノ酸発酵の研究を盛んにしたという点において学問的ならびに産業的な功績はきわめて大きい。現在ではリジンをはじめ大部分のアミノ酸が微生物を用いて生産可能になっている。
製造法の分類
微生物を用いるアミノ酸の製造法は,(1)野生株による発酵法(グルタミン酸,アラニン,バリン),(2)栄養要求変異株による発酵法(オルニチン,リジン,ホモセリン,ジアミノピメリン酸,チトルリン),(3)アナログ耐性変異株による発酵法(リジン,トレオニン,グルタミン,アルギニン,トリプトファン,ヒスチジン),(4)前駆体添加法による発酵法(α-アミノ酪酸あるいはD-トレオニン→イソロイシン,アントラニル酸→トリプトファン),(5)酵素法によるアミノ酸の生産(大腸菌のアスパルターゼによるフマル酸からアスパラギン酸,ε-アミノカプロラクタムからそのラセマーゼと加水分解酵素によるリジン,ヒダントイナーゼを利用するD-p-ヒドロキシフェニルグリシンなどの生成)の四つに分類される。
最初は特定のアミノ酸を培地中に大量に生成蓄積する菌を野生株の中から検索する方法がとられ,グルタミン酸発酵はこの方法で成功した。しかし他のアミノ酸では大量生産菌が得られなかった。これは微生物には自己の必要とする量以上のアミノ酸の生合成を抑制する代謝制御機構が存在するためで,特定のアミノ酸を大量に生成蓄積させるためにはこの代謝制御機構を解除する必要があった。そこで紫外線照射やニトロソグアニジン処理などにより突然変異株をつくる方法が研究された。生合成経路の中間に位置するアミノ酸では,野生株に適当な栄養要求性を付与することにより大量のアミノ酸を蓄積する例が多い。しかし生合成の末端に位置するアミノ酸や,分岐経路で生合成されてもそれ自身が単独で制御因子として重要な意味をもつアミノ酸の場合には,単に栄養要求性を付与しても目的が達せられない。この場合には生合成経路がフィードバック調節に非感受性になった調節変異株,すなわちアミノ酸アナログの生育阻害に耐性の変異株のなかから適当な菌が選択される。最近では栄養要求性やアナログ耐性を何段階にも付与した突然変異株を用いて生産性を高める方法がとられている。このような発酵を代謝制御発酵と呼んでいる。最近ではさらに形質導入の手法を用いてアルギニン,ヒスチジン,ウロカニン酸生産菌株を育成する方法や,遺伝子操作法によりトレオニン,トリプトファン生産菌株を得た例などが報告されている。
→発酵工業
執筆者:相田 浩
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報