改訂新版 世界大百科事典 「デンプン」の意味・わかりやすい解説
デンプン(澱粉) (でんぷん)
starch
緑色植物に存在する多糖でエネルギーを貯蔵する役割をもつ物質。デンプンは光合成の結果,葉の葉緑体中に生ずるが,貯蔵される場所は主として,種子,根,茎などである。貯蔵デンプンはデンプン分子が多数集合したデンプン粒とよばれる形を取る。精製されたデンプンは白色の粉末で無味,無臭である。デンプンはアミロースamyloseとアミロペクチンamylopectinの二つの成分からなる。アミロースはグルコースがα-1,4結合で重合した直鎖の分子で,分子量は数千から数十万に及ぶ。アミロペクチンはやはりα-1,4結合したグルコース鎖を基本としているが,α-1,6結合の分岐構造を多数もっている。ヨウ素デンプン反応においてアミロースは深い青色,そしてアミロペクチンは赤紫色を呈する。この発色反応の機構は,グルコースがα-1,4結合で連なり,コイル状となっている中へヨウ素が入りこむためとされている。アミロースとアミロペクチンの含まれる比率はデンプンの種類によって異なるが,ジャガイモの場合は20%がアミロースである。ジャガイモをゆでるとアミロースが溶け出し,アミロペクチンが残る。また,もち米のデンプンはアミロペクチンのみから成っている。デンプンが植物体内で合成されるときの出発物質はグルコースの活性化型の一種のアデノシン二リン酸(ADP)-グルコースである。ショ糖(スクロース)も出発物質になるといわれている。
ヒトが主食とする米,麦の主たる栄養素はデンプンであり,これを消化するα-アミラーゼは唾液(だえき),膵液に含まれている。α-アミラーゼはデンプンの直鎖部分のα-1,4結合に作用し,マルトース(麦芽糖)などの少糖を生ずる。枝分れ部分のα-1,6結合はα-アミラーゼでは消化されず少糖として残る。これらの少糖は,さらに小腸が分泌するマルターゼ(α-グルコシダーゼ)や枝分れ構造に作用するα-1,6-グルコシダーゼの作用を受けてグルコースに変わり,絨毛から吸収される。なお,生デンプンをβ-デンプン,一度糊化したデンプンをα-デンプンという。
執筆者:村松 喬
デンプン製造
デンプン粒は,植物の細胞内に蓄積されているので,デンプン製造に際しては,細胞壁を破壊して,デンプン粒をとり出すのが原理である。この際,デンプン粒が容易にとり出せるタイプの根および茎に蓄積する植物(ジャガイモ,サツマイモ,キャッサバ,クズ,サゴヤシ,カンナ,カタクリなど)と,タンパク質との分離をあらかじめ行う必要のある種実にデンプンを蓄積するもの(トウモロコシ,米,コムギなど)とがある。
これらのタンパク質は,それぞれの性質に合わせた分離法で除去される。たとえばトウモロコシは,亜硫酸に浸漬(しんし)するし,米は水酸化ナトリウムで可溶化する。コムギのタンパク質は,水と練ることによって餅状のグルテンを形成するので,これからデンプンを水で洗い出すことができる。
(1)ジャガイモデンプンの製造法 根茎デンプンの例として,ジャガイモデンプンの製造工程を以下に示す。工場規模に関係なく,工程は原料の洗浄,磨砕,分離,精製,脱水,乾燥の単位操作の組合せであるが,従来の方法が重力を利用してデンプンを沈降させて分離,精製していたのに比較して,近年は遠心分離機を導入して,工程を急速化,連続化しているところに特徴がある。サツマイモ,キャッサバ,サゴヤシデンプンなどの工場も基本的には同じ工程であるが,ジャガイモデンプンほど大型化,合理化がなされていない。
(2)トウモロコシデンプンの製造法 トウモロコシからデンプンを得る方法は,ウェットミリングwet millingと呼ばれる。この工程の特徴は,トウモロコシを亜硫酸水に浸漬した後に,すべての処理を液中で行い,デンプン,タンパク質,胚芽,外皮をそれぞれ純粋な形に分離してゆく点にある。ウェットミリングの主製品はコーンスターチ(トウモロコシデンプン)であるが,副産物としてコーンサラダオイル,醸造用・飼料用タンパク質のグルテンミール,飼料用のグルテンフィード,微生物の培養基に用いるコーンスティープリカーなどが得られる。現在日本で生産されているデンプンの70%以上が,アメリカ,南アフリカから輸入されたコーンスターチである。
デンプンの利用
デンプンの用途はひじょうに広く,2000種に及ぶといわれている。しかし,その利用形態をもとに分類すると次の3グループに大別される。(1)高分子特性を利用するもの 食品,製紙,繊維,接着剤,化工デンプン,製薬工業への利用。(2)加水分解物の利用 ブドウ糖,異性化糖,シクロデキストリン,オリゴ糖(少糖)類の製造。(3)発酵原料としての利用 ビール,グルタミン酸ナトリウム,各種微生物多糖類の生産。
このうち,(1)の高分子特性を利用する分野では,各種の植物起源のデンプンが,それぞれの特徴を生かしながら利用されている。たとえば,かまぼこ,ちくわなどの水産練製品,各種食品加工用の粘度安定剤,コロイド安定剤,保水剤,ゲル形成剤,粘結剤などとして,ソース,スープ,洋菓子,魚肉のフライなどに用いられている。また,天然デンプンの粘度特性,低温貯蔵に対するデンプン性食品の安定性を目的として,デンプンに化学的,物理的処理を加えることも行われている。この処理法と得られる処理デンプンを図2に,デンプンの利用方式の一覧を表に示す。
最近,微生物の生産する酵素を用いて,デンプンの用途を広め,付加価値を高める研究が進められている。この分野の研究は,日本が世界をリードしており,すでに異性化糖,シクロデキストリン,マルトオリゴ糖などが工業的に生産されるに至っている。
執筆者:貝沼 圭二
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報