アンチトラスト法(読み)アンチトラストほう(英語表記)anti-trust laws

改訂新版 世界大百科事典 「アンチトラスト法」の意味・わかりやすい解説

アンチ・トラスト法 (アンチトラストほう)
anti-trust laws

トラスト法ともいい,アメリカの独占禁止法制のことである。アメリカの独占禁止法が〈反トラスト法〉とよばれるに至ったことについては,歴史的理由がある。アメリカでは,南北戦争後急速に大企業体制が確立し,石油鉄道,砂糖その他多くの分野において独占が成立したが,これらの独占は〈信託trust〉の形態をとるものが多かった。すなわち,スタンダード石油トラストを例にとると,スタンダード系各社が自己の株式を〈受託者評議会board of trustees〉に信託し,この評議会がこれらの株式に基づく議決権を行使して,各社を支配管理するという方式が用いられた。これらの〈トラスト〉がその巨大な経済力を行使して各種の濫用行為を行ったので,これらに反対する世論おこり,ついに1890年以降,トラストに対抗する法律,すなわちアンチ・トラスト法(以下AT法と略す)が制定されるに至った。AT法は三つの主要な法令から成っている。すなわち,シャーマン法Sherman Act(1890制定),および,のちにこれを補強する形で制定されたクレートン法Clayton Act(1914制定),連邦取引委員会法Federal Trade Commission Act(1914制定)の3法である。AT法による規制内容は,これらの3法とそれらを解釈した数多い判例から成り立っている。主な規制内容は次のとおりである。

 シャーマン法1条および連邦取引委員会法5条により,カルテル(企業間の話合いで相互の競争を制限する行為,たとえば話合いによる一斉値上げ,生産制限など)は禁止されている。アメリカのAT法はカルテルの禁止に関してはきわめて厳格で,輸出海運防衛協同組合少数の適用除外例を除いては,カルテルは全面的に禁止されている。このカルテル禁止には,国際カルテルおよび外国の対米輸出または輸入カルテルの禁止が含まれており,最近では,日本のアメリカ産海産物の輸入業者が日本国内で輸入品の価格について情報交換をしたことが問題とされた事例もでてきている。

 独占行為monopolizationについては,シャーマン法2条などによる規制が行われている。しかし,ここで禁止されているのは,大企業の存在そのものではなく,ある程度の経済力を有する大企業が市場において独占力を獲得するため,またはすでに有している独占的地位維持強化するために行う他の企業に対する支配行為または排除行為である。たとえば,有力企業が合併,株式取得,その他の方法で競争者を自己の傘下に取り込み,これを支配する行為,または,有力企業がダンピング,価格差別,ディーラーに対する競合品取扱禁止,抱合せ販売などを行うことにより,競争者を市場から排除して,市場独占を達成するような行為がこれに該当する。

 クレートン法7条により,合併,株式取得または資産の取得の規制が行われている。この規制の趣旨は,シャーマン法2条にいう独占行為の源泉となる経済力の集中を未然に防止して,市場を競争的状態に維持することにより,独占行為が行われることを予防しようというものである。1982年夏にアメリカ司法省はこのクレートン法7条の規制のためのガイドラインを公表しているが,それによると,概して水平的合併(競争者間の合併)についてはより厳しく,非水平的合併についてはそれが水平的競争に悪影響を与える場合にこれを禁止するとされている。

 シャーマン法1条などにより再販売価格維持は全面禁止となっている。しかし,メーカーとディーラーなど垂直的関係にある者に対して課する非価格制限(専売店制,テリトリー制,販路制限など)は,それ自体が違法ではなく,市場全体の競争の程度などをみながら,ケース・バイ・ケースに対処することとされている。

 AT法の施行機関としては,司法省と行政委員会たる連邦取引委員会がある。前者はシャーマン法とクレートン法を所管し,後者はクレートン法と連邦取引委員会法を所管している。判例の解釈上,連邦取引委員会法の規制範囲はシャーマン法の規制範囲を含むとされているので,両機関の管轄権は重複している。しかし,一方の機関がある事項について法的措置をとった場合には,他の機関はこれに対しては法的措置をとらないという形で重複規制は避けられている。なお,このほか,AT法は,同法違反によって被害を受けた者が損害額の3倍の賠償を請求できる旨を定めており,このことがきわめて重要な役割を果たしている。件数の面からみると,この種の訴訟がAT法関係訴訟の90%以上を占めているといわれている。提訴者は,消費者,競争企業,取引先企業など,多岐にわたっている。
独占禁止法
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のアンチトラスト法の言及

【企業結合】より

…営業報告書において,会社の親子関係その他の重要な企業結合の状況が開示されるにすぎない(計算諸類規則(略称)45条1項)。【森本 滋】
[経済法]
 アメリカのアンチ・トラスト法(反トラスト法)は,結合参加企業の独立性の態様に応じて,ゆるい結合(カルテル等)とかたい結合(トラスト)とを区別し,法的取扱いを区別する。 法的取扱いが区別されるのは,結合の形態と目的に関してある程度の類型化が可能であることによる。…

【私的独占】より

…このように日本の審判決例は,比較的違法の認定が容易で,行為の差止めを命ずれば足りるものに限定されている。 しかし理論的に何が違法とされる排除行為であるかは,競争が本質的に他の事業者の排除という要素を含むものであるため判断が難しく,アメリカのアンチ・トラスト法の判例においては,他の事業者より良質廉価な商品を継続的に消費者に提供することによって結果的に独占者となった,いわゆる押し付けられた独占を違法と評価しうるかという,独占禁止法の哲学,存在意義の根幹にかかわる事件もいくつか存在する。これは,結局,独占的事業者の排除による競争的市場構造の維持という経済政策的目的を,非難すべき行為の存否を中心的な問題とする法的判断とどう調和させるのかという問題であるが,アメリカではアルコア判決(1945)等で,倫理的非難と異なる経済的非難といった概念を導入することによって,小企業がなすのであれば問題とならないが,大企業がなすときには非難しうる行為が存在するとの理論構成をとり,かなり大胆に政策的な判断を優先させた例がある。…

【独占禁止法】より

…1947年,占領政策の一環としてなされた財閥解体等の経済民主化政策の成果を恒久的に日本に定着させるために,アメリカのアンチ・トラスト法(反トラスト法)を範にとって制定された法律。市場における公正で自由な競争を促進することにより,一般消費者の利益を確保し,同時に,国民経済の民主的で健全な発達を促進することを目的としている。…

※「アンチトラスト法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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