イスラム工芸(読み)イスラムこうげい(その他表記)Islamic arts and crafts

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「イスラム工芸」の意味・わかりやすい解説

イスラム工芸
イスラムこうげい
Islamic arts and crafts

イスラム教徒による工芸。西アジアではササン朝時代 (→ササン朝美術 ) に金属工芸,ガラス工芸,染織工芸が発達して高い水準に到達していたが,イスラムの工芸は,そのササン工芸の伝統と地中海域に発達していたローマ文化圏の工芸の伝統を吸収して,独自の装飾効果をそなえたジャンルを切り開いた。 (1) 陶芸 メソポタミア地方で8,9世紀頃よりコバルト顔料や鉄色による彩色施釉陶器が発達したのを皮切りに,メソポタミア,エジプト北部,イラン高原で彩陶,絵陶,ラスター彩陶 (→ラスター ) ,造形陶器などが多様な展開をみせ,中国陶磁との交渉も盛んであった。その盛期は 10~14世紀で,16~18世紀にはイラン,トルコでも栄え,イベリア半島では 14世紀頃よりイスラム陶器の影響下にイスパノ・モレスクと呼ぶラスター彩のスペイン陶器を生み出した。 (2) 金属工芸 ササン金工の鏨 (たがね) 彫や鍍金法,ビザンチン金工の貴石象眼法や七宝技法が導入されて,緻密な唐草文アラベスク文を器面全体に刻み込んだり,金銀の象眼や鍍金を施したもの,貴石の象眼や七宝を焼付けたものなどが作り出された。また灯火器,容器,水差し,盤などの器種に精巧なものが多い。メソポタミア北部,イラン北部がその主要産地であった。 (3) 染織工芸 ササン染織の伝統を引継ぎ,豪奢な錦や麻布,カーペットを発達させた。エジプトのコプト織の流れをくんだ,ファーティマ朝の草花鳥獣の連続文様を織込んだ麻布や絹布,サファビー朝の高度で複雑な技法の重ね織の多色錦や薄絹の紋織 (サテン) ,あるいはビロード,刺繍,トルコのブロケード,インドの金糸を多用した金襴や木綿の草木染のインド更紗 (さらさ) も著名。またトルコ,カフカス,イラン高原,メソポタミア北部,シリア各地に地方色のあるカーペットが発達した。 (4) ガラス工芸 エジプト北部,シリア北部やダマスカス,メソポタミア中部,イランのイスファハンやシーラーズ地方で発達し,日常食器から医療,照明,理化学器具にいたるまで,多様な発達をみせた。とりわけダマスカスやシリア北部,エジプト北部の産地では,レリーフ (浮彫) ・カットやエナメル彩色に最大の特色を発揮し,それらの技法はビザンチン世界を通じてヨーロッパのガラス工芸に大きな影響を与えた。 (5) 木工・骨角工芸 連続装飾文様をレリーフ状に刻み出して装飾する独特の表現が,家具や建築に格好の場を得て発達した。木工芸は公共建築や邸宅の扉,柱,フリーズ,欄間などあらゆる場所に応用された。エジプト,シリア北部,メソポタミア中部,イラン北部にその中心地があり,15~16世紀がその最盛期。骨角工芸はエジプトとシリアが中心で,その伝統はシチリア,スペイン南部にも伝わった。 10~14世紀がその盛期であったが以後衰えた。

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世界大百科事典(旧版)内のイスラム工芸の言及

【イスラム美術】より

… なお,インドのムガル帝国の絵画については〈ムガル細密画〉の項目を参照されたい。
【工芸】
 イスラム世界では,絵画・彫刻の自由な発達が抑制されたために,工芸が著しく発展し,東アジアやヨーロッパの諸芸術において工芸の占めた位置に比較すると,イスラム工芸のそれは,はるかに高いものであった。イスラム美術においては,本来,製作に当たったのが個人作家ではなく,多くは無名の職人であったため,その本領が工芸に発揮されていることは,むしろ当然であろう。…

※「イスラム工芸」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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