日本大百科全書(ニッポニカ) 「ウィッティンガム」の意味・わかりやすい解説
ウィッティンガム
うぃってぃんがむ
M. Stanley Whittingham
(1941― )
アメリカの材料化学者、工学者。イギリスのノッティンガム出身。1964年オックスフォード大学卒業後、同大学大学院に進学、1968年に化学で博士号を取得。1968年から1972年までスタンフォード大学の博士研究員。1972年から1984年までニュージャージー州にある石油大手のエクソンに勤務し、その後、石油探査会社のシュルンベルジュに移籍した。1988年にニューヨーク州立大学ビンガムトン校教授に就任、2012年から同大学特別教授。
石油危機に直面した1970年代、エクソンは石油にかわる代替エネルギーの開発を模索していた。スタンフォード大学時代に、層状の分子化合物の間に可逆的に原子が入り込む「インターカレーションintercalation」という現象を実証したウィッティンガムは1972年に、エクソンの開発チームに移籍した。チームは、そのインターカレーションを利用し、超電導体の研究を始めた。最初に目をつけたのが、二硫化タンタルであった。二硫化タンタルにさまざまなイオンを入れて電気特性を調べていたが、偶然にもカリウムイオンが入り込むと、この物質の電位が高くなることを発見した。ウィッティンガムは、この電位の高さに着目し、超伝導体の開発から二硫化タンタルを陽極(正極)にして充電可能な二次電池をつくろうと考えた。しかしタンタルは、とても重い元素で扱いにくいため、このタンタルを性質が似ているチタンにかえて研究を進めた。陰極(負極)には、きわめて電子を放出しやすい金属リチウムを採用。金属リチウムが酸化することで、電子を放出したリチウムイオンは電池内部を移動し、陽極に取り込まれた。放電した後は、陰極に電子を供給することで、充電ができる。これによって起電力が約2ボルトの電池ができた。1976年に開発した電池は、今日のリチウムイオン電池の先駆けとなったが、充放電を繰り返すうちに負極の金属リチウムが化学変化を起こし、電池内部で針状の結晶がつくられる。これが陽極に達するとショートして発火するなど問題が発生し、実用化には至らなかった。これを改良したのは、オックスフォード大学ジョン・グッドイナフである。1980年、陽極に用いる材料として、それまでの二硫化チタンにかえて、リチウム化合物の「コバルト酸リチウム」を採用し、論文発表した。安定性は増し、約4ボルトの電圧を得ることができたが、陰極の安全性には問題が残ったままであった。この問題を克服したのが、旭化成のエンジニアであった吉野彰(あきら)である。陽極にはコバルト酸リチウムを使い、陰極に特殊な炭素繊維である石油コークスを使った。金属リチウムを両極に使わないことで、安全性は飛躍的に高まり、1991年(平成3)に世界初のリチウムイオン電池がソニーから発売された。リチウムイオン電池の開発で、携帯電話、ノートパソコンなどのIT機器は飛躍的に進歩し、地球温暖化の元凶とされる化石燃料を代替するエネルギーとして市場は飛躍的に拡大している。
2015年トムソン・ロイター引用栄誉賞を受賞、2018年アメリカ工学アカデミー会員。2019年「リチウムイオン電池の開発」の業績で、吉野彰、グッドイナフとともにノーベル化学賞を受賞した。
[玉村 治 2020年2月17日]