日本の企業エンジニア、化学者。大阪府吹田(すいた)市生まれ。1970年(昭和45)京都大学工学部石油化学科卒業。1972年京都大学大学院工学研究科修了、旭化成工業(現、旭化成)に入社し、研究開発部に配属された。1992年(平成4)同社イオン二次電池事業推進部商品開発グループ長、1997年イオン二次電池事業グループ長を経て、2001年(平成13)電池材料事業開発室室長。2003年に同社フェロー、2005年同社吉野研究室室長、2015年顧問、九州大学客員教授、2017年に旭化成名誉フェロー、名城大学教授に就任。2005年に大阪大学から工学博士号取得。2010年から技術研究組合リチウムイオン電池材料評価研究センター理事長を務める。
1970年代、オイル・ショックなどで、化石燃料に極度に依存している状況への不安から、何度も充電できる二次電池(充電池)の開発が世界中で注目されるようになった。吉野は1981年、急速に普及しつつあった携帯電話などに搭載する小型の充電池の開発に着手した。その当時、ニッケル水素電池にかわる二次電池として、電子をたくさん放出しやすいリチウムを使った「リチウムイオン電池」が有望視されていた。1970年代初頭にスタンフォード大学からアメリカ石油会社大手のエクソンに入社したスタンリー・ウィッティンガムは、電子を放出しやすい金属リチウムを陰極(負極)に、二硫化チタンを陽極(正極)にした電池を1976年に開発した。金属リチウムが酸化する際、電子を放出して、陽極に流れる仕組みで、リチウムイオン電池の先駆けとなった。しかし、金属リチウムは扱いにくく、何度も充放電を繰り返していくうちに、陰極に針状の結晶ができ、陽極に達するとショートして発火したり、爆発したりすることが欠点であった。これを改良したのが、当時オックスフォード大学にいたジョン・グッドイナフである。グッドイナフは、陽極の電極の材料として硫化物より酸化物のほうがエネルギー密度も高く、安定的で壊れにくいと予想。東京大学から留学していた水島公一(みずしまこういち)(1941― )と多くの候補物質を探索したところ、1979年に二硫化チタンよりコバルト酸リチウムのほうが安定的で、起電力が従来の約2倍の4ボルトに達することを確認し、1980年に論文で発表した。しかし、いずれも金属リチウムを陰極に使っていたため商業化には向かず、石油価格の低下から欧米ではリチウムイオン電池への関心が下がっていた。しかし日本ではそうではなかった。吉野は世界の情勢を見極めたうえで、金属リチウムを使わない陰極として、アルミ箔(はく)の集電体の上に、リチウムイオンだけを取り込むことのできるインターカレーションintercalation素材の探索に取り組んだ。当初、2000年にノーベル化学賞を受賞した白川英樹(しらかわひでき)がみつけた、導電性プラスチック「ポリアセチレン」を陰極に使い、それにあう陽極を探していたがうまくいかなかった。1985年に、陰極にはリチウムイオンを取り込むことのできる炭素材料である石油コークスを使い、陽極にはグッドイナフが開発したコバルト酸リチウムを使うリチウムイオン電池にたどりついた。1986年にはその安全性、耐性を確認した。この電池は、周囲と反応しやすい金属リチウムを使わず、安全性が著しく向上したこと、起電力も4ボルトと高く、繰り返し何度も充放電できること、など大きな特長をもっていた。今日市場に出回る、リチウムイオン電池が誕生した瞬間であった。ただ、商品化にはさらに安全性を高める必要があった。金属リチウムを使わないとはいえ、燃えやすいリチウムイオンを扱うため、電子のショートを防ぎ、異常加熱を止める電池のセパレーター(仕切り)の量産化が不可欠で、これを担ったのが、当時ソニーの技術者であった西美緒(にしよしお)(1941― )である。1991年、西率いるソニーが世界で初めてリチウムイオン二次電池を商品化した。小型、軽量で、性能のよいリチウムイオン電池は、携帯電話、ノートパソコンなどのIT機器に広く使われ、なくてはならない存在となった。リチウムイオン電池搭載の電気自動車が実用化されたほか、電車、航空機でも活用の動きが世界的に広がり、2020年(令和2)に運行が始まった東海道新幹線新型車両にも搭載されている。地球温暖化の元凶といわれる化石燃料にかわり、環境にやさしいエネルギーとしてさらなる市場の拡大が予想されている。
2004年紫綬褒章(しじゅほうしょう)受章。2013年ロシアのノーベル賞といわれるグローバルエネルギー賞、2018年日本国際賞、2019年欧州特許庁より欧州発明家賞を受賞。2019年、さらに「リチウムイオン電池の開発」が高く評価され、ジョン・グッドイナフ、ウィッティンガムとともにノーベル化学賞を受賞した。
[玉村 治 2020年2月17日]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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