ドイツの建築家。ベルリンの高等建築学校に学んだのち、美術学校に入り、1858年に優等国賞を得、翌1859年建築士試験に合格した。親友のベックマンとともに西ヨーロッパ、南ヨーロッパ各地に研究旅行を試み、帰国後1860年にエンデ‐ベックマン建築事務所を開設、意匠面において卓越した手腕を発揮した。ドイツ(当時プロシア)本国での活躍はもとより、1887年(明治20)には日本政府の招聘(しょうへい)を受け来日、国会開設に備えた議院建築(旧国会議事堂)をはじめ、司法省、裁判所など中央官庁街の設計計画に携わり、近代日本の建築界に強い影響を与えた。さらに1891年の帰国後も母国の官設建築学院、プロシア美術協会の重鎮として活躍した。
[村松貞次郎・藤原恵洋 2018年8月21日]
ドイツの児童文学作家。南ドイツのガルミッシュパルテンキルヒェンに、シュルレアリスムの画家エドガー・エンデの息子として生まれる。ミュンヘンのオットー・ファルケンベルク演劇学校卒業後、俳優を経て、創作を始める。1961年に第一作の『ジム・ボタンの機関車大旅行』(1960年刊行)でドイツ児童文学賞を受賞、一躍著名な作家となる。1973年に発表した代表作『モモ』は、時間泥棒に時を盗まれた人々を少女が助けるという空想科学小説的なファンタジーで、30か国で翻訳、出版され世界中で評判となり、日本では100万部を突破するロングセラーとなった。ほかに、『はてしない物語(ものがたり)』(映画『ネバーエンディング・ストーリー』の原作)『サーカス物語』『鏡のなかの鏡』など幻想的な作風のなかに文明批判をこめた作品を数多く発表した。『はてしない物語』の翻訳者・佐藤真理子と再婚。親日家としても知られた。1995年8月28日没。
[編集部]
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