カスリーン台風(読み)かすりーんたいふう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「カスリーン台風」の意味・わかりやすい解説

カスリーン台風
かすりーんたいふう

1947年(昭和22)9月15日に東海道沖から房総半島南端をかすめて北東進した台風。沖ノ鳥島付近から北上してきたこの台風は、東海道沖に達したころから勢力をやや失い、中心付近の最大風速も20メートルくらいとなって、風による被害は少なかった。しかし、前線により9月13日から降っていた雨は、台風の接近とともに強まり、関東、東北、北海道に水害をもたらした。いわゆる雨台風である。とくに関東地方の西部および北部の山地では記録的な豪雨となり、土石流河川氾濫(はんらん)が多発した。利根川(とねがわ)は栗橋(くりはし)付近で堤防が決壊し、濁流江戸川へ流入したため、東京、埼玉では大水害となった。このときの洪水の水が引いたのは10月中旬になってからである。また、東北地方では北上川(きたかみがわ)が氾濫して大きな被害が発生した。この台風による全国の死者・行方不明者は1930人にも達した。この台風が契機となって、建設省(現、国土交通省)、農林省(現、農林水産省)、中央気象台(現、気象庁)などが協力して洪水予防組織がつくられた。

 カスリーンKathleen台風の名の由来は、第二次世界大戦後に連合軍気象隊が、台風の発生順序に従ってABC……の頭文字をもつ女性名をつけていったことによる。

饒村 曜]

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