改訂新版 世界大百科事典 「ギエレク」の意味・わかりやすい解説
ギエレク
Edward Gierek
生没年:1913-2001
ポーランドの政治家。カトビツェ県ポロンプカの炭鉱夫の家に生まれる。1923年両親に従ってフランスに渡り,26-34年炭鉱夫として働く。1931年フランス共産党に加入。34年国外追放となり,帰国して兵役に服する。37年ベルギーに渡り,再び炭鉱夫となる。第2次世界大戦中のドイツによる占領期間中ベルギーの抵抗運動に参加。48年帰国し,ポーランド労働者党(共産党の後継組織。現,統一労働者党)中央委員会の職員となる。49年から故郷のカトビツェ県で党の要職を歴任し,勢力を扶植する。54年党中央委員,56年党政治局員。ゴムルカの党復帰とともに一時政治局から外される。59年再び政治局員。70年のいわゆる〈12月事件〉のあとゴムルカの後を継いで党第一書記に就任し,しだいに独裁的地位を固める。前半は大規模な外国借款によって大いに経済建設を進め,国際舞台でも緊張緩和政策の旗手として活躍したが,後半に経済政策が破綻し,76年,80年に労働者の大ストライキを招いて失脚。81年7月党から追放される。
執筆者:伊東 孝之
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報