初期楔形文字で書かれたシュメール王名表に記載されている実在の王ギルガメシュGilgameš(シュメールの表記ではギシュ・ビル・ガ・メス)は早くに神話的人物となり,シュメールの断片的な神話物語に登場する。これをもとにしてアッカド語で編集されたのがこの叙事詩で,主として前8世紀ころにアッシリア語で書かれたニネベ版約3600行のうち現存する約2000行によって知られている。ほかにバビロニア語版の一部,ヒッタイト語およびフルリ語の断片などがあり,古代世界に広く流布していたことがわかる。
ギルガメシュはウルクの城主で,3分の2が神,3分の1が人間であった。はじめ暴君だったのでウルクの人々は天神アヌにこのことを訴え,アヌの命令で粘土から野人エンキドゥEnkiduが創り出される。動物たちに交じって野原にいたエンキドゥはウルク神殿に仕える遊び女によってウルクへ連れてこられ,ここでギルガメシュと力比べをした。戦いは長く続き,互いに力を認め合って友情が生まれた。こののち2人は杉の森の怪物フンババumbaba征伐に行き,やっとのことでフンババを倒した。美の女神イシュタルはギルガメシュの雄々しさを見て,夫になってくれるよう頼むが,ギルガメシュはこの女神の移り気を知っているので,あざけってその願いを退けた。イシュタルは怒り,父の天神アヌに〈天の牛〉をウルクへ送ってここを滅ぼすよう求める。〈天の牛〉はウルクで多数の人を殺すが,ギルガメシュはエンキドゥと力を合わせてこれを倒した。神々はその罰としてエンキドゥの死を決定し,彼は熱病にかかって死んだ。ギルガメシュは涙を流し,〈永遠の生命〉を求めてさまよう。ついに永遠の生命を得たというウトナピシュティムUtnapištimを探しあて,その秘密を尋ねると,彼はその昔生じた大洪水,そしてエア(エンキ)神のおかげで箱船を作って助かった次第を語る。しかし彼もその理由は知らなかった。ギルガメシュはあきらめのうちにふるさとウルクへ戻る。
本叙事詩は1872年に大英博物館に運びこまれたニネベ出土の粘土書板からスミスG.Smithによって発見された。当初《大洪水物語》(第11の書板)が見つかったが,彼は表意文字で書かれた物語の主人公の名を正しく読むことはできなかった。ピンチェスT.G.Pinchesが90-91年にこの名をギルガメシュと読んだ。こののち欧米各国で研究が行われ,イェンゼンP.Jensenはこれを独訳するとともに,世界各国の神話とこの叙事詩を比較した大著を公刊し,バビロニアを古代文明の源泉とする〈汎バビロニア説〉を強調した。その後,古バビロニア語版断片や,この叙事詩の原型であるシュメール語版断片が発見された。1930年にはトムソンC.Thompsonによってニネベ版全文の原典が公刊され,各国語訳はますます盛んに行われた。今日では世界中で20ヵ国語ほどの翻訳があるほか,音楽や演劇の素材としても利用されている。比較文学上からは,ホメロスの《オデュッセイア》や〈アレクサンドロス大王伝説〉などとの関係が論じられており,最古の世界文学とみなされている。
執筆者:矢島 文夫
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シュメール語で書かれた,英雄ギルガメシュを主人公とする,古代オリエント最古最大の叙事詩。ギルガメシュは,おそらく実在したウルクの王。種々の版があり,当時の各国語に訳されているが,標準版は12枚の書板からなる。その第11枚目に,ノアの箱舟伝説に連なるウトナピシュティムの洪水伝説が語られている。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
…叙事詩には実在したと考えられる英雄ギルガメシュを主人公とするエピソードが多く,哀歌には都市ウル,ニップール,ウルク,エリドゥ,アッカドなどの破壊を哀悼する作品が知られている。有名なバビロニア語版およびアッシリア語版の《ギルガメシュ叙事詩》は〈友情〉と〈死〉を主題として構成された長大な物語で,旧約聖書のノアの洪水伝説の原型と考えられるエピソードもこの中で語られている。この《ギルガメシュ叙事詩》は古代オリエント全般に流布していた。…
…一連のシュメール叙事詩においてウルク支配者の功業が語り伝えられている。とりわけ《ギルガメシュ叙事詩》はアッカド語,ヒッタイト語,フルリ語にまで書き移され,古代西アジア文学中の最大の作品となった。ギルガメシュは初期王朝期I期ないしII期に実在したと思われるが,この時期のウルク周辺では多くの小村落が姿を消すとともに,ウルク自体の規模も大膨張した。…
※「ギルガメシュ叙事詩」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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