コンピューター音楽(読み)コンピューターおんがく(その他表記)computer music

翻訳|computer music

改訂新版 世界大百科事典 「コンピューター音楽」の意味・わかりやすい解説

コンピューター音楽 (コンピューターおんがく)
computer music

作曲音響合成演奏などの過程でコンピューターを用いた音楽の総称。1960年代中ごろまでは,作曲の段階でのみコンピューターを使用し,その結果を記した楽譜から人間が通常の楽器で演奏するものを指していたが,今日では,音楽制作過程の種々の段階でコンピューターの使用を認めているため,電子音楽との境界を設定することがむずかしい。

 コンピューターを音楽に使用する発想は,少なくとも,次の二つの根拠をもつ。第1は,秩序と確定性によってとらえられてきた音楽様式は,どんなものでも,ある程度の無秩序や不確定性を含んでいることである。したがって,なんらかの方法で,無秩序,不確定性,自由度といったものを含む作品を生み出すシステムを作ることができる。第2は,以前から直観的に,あるいは技術習練として行われてきた既存の音楽様式の模倣をシステムとして行うことである。

 第1の着想はすでに古くから具体化されている。J.S.バッハの弟子キルンベルガーによる《いつも準備のととのったメヌエットポロネーズの作曲家》やモーツァルトの《音楽のさいころ遊び》(K.294d.1787)などにみられる。これらの例では,小節単位で作られた要素(旋律)の選択と配列が,さいころの目によって決定されるため,数少ない要素から多くの作品(配列)が生み出されるシステムになっている。第2の着想,すなわち様式の模倣は,コンピューター以前から,統計的分析に基づいた合成として行われてきた。1930年代のアメリカの数学者G.バーコフは,美的尺度を〈秩序〉と〈複雑さ〉の比として規定し,秩序と複雑さの双方の計算法を提案しただけでなく,モデルの楽曲と同じ量の美的尺度をもつ新曲の合成も試みている。第2次世界大戦後は,分析の手段として,情報理論が活用され,さらに音楽をマルコフ過程(音楽を構成する要素の出現が先行の要素に依存する状態)として分析する手法も進み,70年代以降は,生成文法も応用されている。このように,第2の着想とコンピューターの結合は,すでにドイツの〈子どもの歌〉,筝曲〈段物〉,バッハの〈コラール〉,そして〈エスキモー音楽〉などに適用されているが,音楽学的研究には重要でも,コンピューター音楽としては興味ある作品は生み出していない。

 第1と第2の着想を実際のコンピューターによって具体化したのは,アメリカのヒラーL.A.Hiller(1924-)とアイザクソンL.M.Isaacsonによる弦楽四重奏のための《イリアック組曲》(1957)である。ここでは,既存の様式のもつ〈文法〉の中での不確定さが設計され,それを通常の演奏家が音にするという方法がとられている。その後,ヒラーはベーカーR.A.Bakerとともに《コンピューター・カンタータ》(1963)を作り,楽譜として作曲するのではなく,直接的に音響を合成する方向を打ち出し,これは,アメリカのマシューズM.V.Mathewsによって推進されている。一方,第1の着想は,コンピューターを使用しなくても,作曲過程に含まれているものなので,音楽において制御すべきさまざまな様相(音高,音量,音価など)の変化と相互関連とを,不確定さを含んだ関数として規定し,コンピューターに使うことが行われるようになってきた。この領域の代表者がクセナキスで,ここで初めて,コンピューターを使う積極的な意義が明確にされたといえる。また,最近の音響合成の技術や視覚的表現方法の発展は,音響と視覚的デザインとを結びつけることも可能にした。また,コンピューターそのものの機能の増大,とくに,人間と機械とがかかわる範囲が増大したため,今後は,新しい音楽であろうと,既知の様式の組合せであろうと,コンピューターを広義の音楽制作(作曲,合成,演奏など)にとっての日常的な道具にすることを可能にするであろう。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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