フランスの小説家、美術評論家ユイスマンスの長編小説。1884年刊。貴族出身の主人公デ・ゼッサントは、実人生の倦怠(けんたい)と懐疑から神経症に陥り、養生のためパリ郊外に居を求め、世間との交渉を絶って昼と夜を逆さまにした生活のなかで、自己の嗜好(しこう)を徹底させた人工楽園を築き、世紀末的爛熟(らんじゅく)の美に耽溺(たんでき)する。しかし虚無感は克服できず、かえって心身の焦悴(しょうすい)をいっそう激化させた主人公は、絶望のうちにかすかな希望を宗教に求めてパリに戻る。自然主義文学の打倒を目ざした作品で、徹底した厭世観(えんせいかん)、象徴主義の透徹した理解が際だつ。世紀末美学の精緻(せいち)な展開が異彩を放っている。
[秋山和夫]
『渋澤龍彦訳『さかしま』(1966・桃源社)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…そのほか,象徴主義という名称がまだ一般化する以前に,象徴主義的な傾向と無縁でなかった詩人として,クロス,コルビエール,ヌーボーGermain Nouveau(1851‐1920)の名があげられる(また,当時はまったく知られていなかったが,ロートレアモンも,象徴主義の縁辺に置くにふさわしい名である)。 1860年代,70年代を通じて,しだいに地歩を固めてきたこうした新しい文学が,多少とも広く知られる機会をつくったのは,84年に発表されたユイスマンスの《さかしまÀ rebours》である。愚劣,猥雑な現実社会に背を向け,孤独な生活にひきこもって夢想に耽り,美を享楽する人物を主人公として,それ自体が象徴主義のひとつの側面を濃厚に体現したこの小説のなかで,ボードレール,ベルレーヌ,マラルメの詩が熱烈に紹介された。…
…マラルメもヌーボーGermain Nouveauも,好んでデカダンスの語を使っている。 しかしそれらのなかでも,もっとも広範な影響を青年たちに与え,デカダン派を当時の主流であった自然主義と高踏派の流れから切り離し,その進むべき方向を明示したのは,〈デカダンスの聖書〉と呼ばれたユイスマンスの小説《さかしま》(1884)であった。《さかしま》の神経症的な主人公デゼッサントDes Esseintesのモデルは実在する貴族詩人モンテスキューRobert de Montesquiouだといわれているが,必ずしもそう考えなくてもよい。…
…処女作の散文詩集《ドラジェの小筥(こばこ)》(1874)はボードレール,ベルトランの影響があらわで,彼が真の進路を初めて見いだしたのは小説《マルト,一娼婦の手記》(1876)によってである。これがゾラに認められ,以後ゾラの弟子として自然主義を宣言する小説集《メダンの夕べ》(1880)にも寄稿するが,生来神経質で世紀末的審美眼の持主である彼の資質が,技法的にはあくまでも細密な自然主義的手法を駆使しながらも,やがて自然主義文学観からの脱出を志向させ,小説《さかしまÀ rebours》(1884)を書かせた。卑俗な日常世界に背を向け昼夜逆転の耽美的人工楽園に生きて破滅する主人公デ・ゼッサントは,当時のデカダン派青年の憧れを一身に体現し,またその愛読するボードレール,マラルメ,ベルレーヌの存在を世に周知させた。…
※「さかしま」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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