サッチャー(読み)さっちゃー(英語表記)Margaret Thatcher

日本大百科全書(ニッポニカ) 「サッチャー」の意味・わかりやすい解説

サッチャー
さっちゃー
Margaret Thatcher
(1925―2013)

イギリスの政治家。食料雑貨店を営む両親のもとに生まれ、オックスフォード大学化学専攻、卒業後、法律を学んで弁護士資格をとった。1959年保守党下院議員となってから急速に頭角を現し、1960年代の労働党内閣時代には保守党の「影の内閣」の閣僚歴任、1970年にヒース保守党内閣の教育・科学担当相に就任した。1975年ヒースを破って党首に選任され、1979年の選挙での勝利により首相となった。一貫して強固な保守主義信念とし、国内的には労働運動と対決しつつ、大量の失業者を生み出しながらも、マネタリズム貨幣主義)に基づく経済政策に固執、また対外的には対ソ強硬姿勢をとった。「人頭税」とよばれた地方税制度の導入が国民の強い批判を招くなかで、1990年に辞任した。1992年には貴族に列せられ、上院議員となり保守党右派に影響力を及ぼし続けた。2002年3月に事実上の政界引退を表明した。

[木畑洋一]

『石塚雅彦訳『サッチャー回顧録――ダウニング街の日々』上下(1993・日本経済新聞社)』『カトリーヌ・キュラン著、渡辺美紀子訳『マーガレット・サッチャー――「鉄の女」の生き方』(1993・彩流社)』『豊永郁子著『サッチャリズムの世紀――作用の政治学へ』(1998・創文社)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「サッチャー」の意味・わかりやすい解説

サッチャー
Thatcher, Margaret

[生]1925.10.13. グランサム
[没]2013.4.8. ロンドン
イギリスの政治家。首相(在任 1979~90)。イギリス初の女性首相。フルネーム Margaret Hilda Thatcher, Baroness Thatcher of Kesteven。父はグランサム市長。オックスフォード大学在学中から保守党連盟の指導者を務めた。1947年同大学を卒業後,化学研究員として働くかたわら法律と税制を学んだ。1959年下院議員。1961~64年年金・国民保険省政務次官。1970~74年教育・科学大臣。1975年2月の党大会で対立候補のエドワード・ヒースを破って保守党初の女性党首に就任。1979年5月の選挙で保守党が労働党に勝ち,首相に就任した。1982年アルゼンチンとのフォークランド戦争に勝利し,翌 1983年6月再選を果たす。内政外交手腕を発揮し,炭鉱労働者のストライキアイルランド共和軍テロにも妥協せず,冷戦時代にはアメリカ合衆国のロナルド・W.レーガン大統領と強固に連携した。1987年6月の選挙で 376議席を獲得して大勝,イギリス近代政治史上初めて首相 3選を果たした。しかしサッチャリズムと称される国有企業民営化政府規制の緩和,労働組合活動の規制などの施策は「イギリス病」を克服したものの 1989年以降の景気後退に直面して行きづまる一方,党内からも強権支配への批判が高まり,1990年11月に辞任した。その強固な意志に基づく指導力を評して,「鉄の女」と呼ばれた。

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