エールリヒ(読み)えーるりひ(英語表記)Paul Ehrlich

日本大百科全書(ニッポニカ) 「エールリヒ」の意味・わかりやすい解説

エールリヒ
えーるりひ
Paul Ehrlich
(1854―1915)

ドイツの細菌学者、化学療法の先駆者シレジアのシュトレーレンに生まれ、ブレスラウその他の大学で医学を修めた。エールリヒは、修学中から各種色素が細胞研究に利用されていることに強い関心をもっていた。そして固定された細胞と生体染色の成績から色素の酸化と還元、とくに酸素との関係に着目し、アニリン色素による染色によって各種細胞顆粒(かりゅう)の相違が認められるという、今日、白血球分析に使われている方法の基礎を発表した。1882年3月24日のコッホ結核菌発見はエールリヒに大きな刺激となり、結核菌の抗酸性染色の研究を始め、同年、染色法を創案した。1883年には腸チフス患者の尿のジアゾ反応を発見した。1890年コッホの伝染病研究所に入るが、軽い結核にかかり、3年間エジプトに転地療養して、伝染病研究所に復帰、ジフテリア毒素抗毒素に関する研究をしていたベーリングを助け、毒素と抗毒素の定量法を確立した。また、この時期に抗体産生の機序から始めて、各種の抗原抗体反応本態を説明するために、側鎖説という巧妙な仮説を提起、免疫学はこの側鎖説をめぐって発展する。

 1896~1899年、国立血清研究所所長を務め、1899年にはフランクフルト・アム・マインの国立実験治療研究所所長となり、同時にゲオルグ・スパイエル研究所所長を兼ねた。彼のもとには世界各地から多くの俊秀が集まり、色素療法から化学療法への画期的な飛躍が生まれることになる。彼は側鎖説の研究、拡大から、微生物とは結合してその微生物を殺すが、生体とは結合しない無害な化学物質の存在を確信した。そしてそのために初めは色素について調べ、志賀潔(きよし)助手によって、ウマのカデラ病トリパノソーマに有効なトリパンレッドと名づけたベンチジングループの赤い色素を、続いて青い色素トリパンブルーをみつけたが、この色素療法は発展しなかった。ついでヒ素化合物アトネシールが抗スピロヘータ剤であることに着目し、その化学構造を明らかにして、その誘導体をつくって発展させ、第606番目にジアミド・ジオキシ・アルゼノベンジン(市販名はサルバルサンまたは606号)を発見、これによってヒトの梅毒治療に成功した。この発明権についてエールリヒは、合成を担当したベルトハイムAlfred Bertheim(1879―1914)と、精密な動物実験を担当した秦佐八郎(はたさはちろう)との3人が共有するものだ、といったと伝えられる。

 1908年、免疫に関する業績によりノーベル医学生理学賞を受け、1910年イギリスのロイヤル・ソサイエティー会員、1914年フランクフルト大学実験治療学教授となった。

藤野恒三郎

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「エールリヒ」の意味・わかりやすい解説

エールリヒ
Ehrlich, Paul

[生]1854.3.14. シュレジエン,シュトレーレン
[没]1915.8.20. バートホンブルクフォルデアヘーエ
ドイツの細菌学者。血液学,免疫学,化学療法の先駆者。駆梅薬サルバルサンの発見者。ライプチヒ大学で医学教育を受けたのち,ベルリン大学の助手となった (1878) 。その後 R.コッホの伝染病研究所に入り,E.ベーリングが発見したジフテリア血清の抗体価の決定方法などを開発した。 1896年に免疫研究所長となり,免疫の機構を説明するために側鎖説を発表。 99年,フランクフルトアムマインに移り,実験治療研究所を新設した。そこで色素の組織への親和性や側鎖説から導き出された色素による化学療法の研究に入った。 1908年,免疫に関する研究でフランスの E.メチニコフとともにノーベル生理学・医学賞を受賞。

エールリヒ
Ehrlich, Eugen

[生]1862.9.14. チェルノウィッツ
[没]1922.5.2. ウィーン
オーストリアの法学者。チェルノウィッツ大学のローマ法教授。法規の研究にのみ熱中する当時の法学の傾向にあきたらず,自由法論の先駆者の一人となる。法を認識するためには,法規や判例を研究するだけでは足りず,その根底をなす社会自体をとらえ,社会自体の内部秩序を知らなければならないとした。そのため,いわゆる「生ける法」の研究の重要性を強調し,法社会学という法学の新しい分野を開拓した。著書『自由な法発見と自由法学』 Freie Rechtsfindung und freie Rechtswissenschaft (1903) ,『法社会学の基礎理論』 Grundlegung der Soziologie des Rechts (13) ,『法律的理論』 Juristische Logik (19) など。

エールリヒ
Ehrlich, Walter

[生]1896.5.16. ベルリン
[没]?
ドイツの哲学者,美学者。カントの先験哲学と E.フッサールの現象学とから出発し,人格性を根底にした形而上学を志向している。主著"Kant und Husserl" (1923) ,"Ästhetik" (47) ,"Metaphysik" (55) 。

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