植物のもつ諸機能、発生と成長、および運動(刺激反応性)など、植物に固有な現象、または性質について研究する学問をいう。研究対象によって、代謝生理学、栄養生理学、水分生理学、成長(生長)生理学、運動生理学などに分かれてはいるが、これらには互いに密接にかかわり合った部分がある。また、植物生理学は農学とも、きわめて密接に関係している。植物生理学の基礎的研究成果は、農業、林業、園芸に役だつばかりでなく、農学における諸現象は植物生理学の研究素材でもある。植物生理学の研究手段は物理・化学的技術によるところが多いが、1990年代に入ってからは、植物分子生物学が主流となっている。
植物生理学の起源は、17世紀末から18世紀における植物学上のさまざまな研究や発見にまでさかのぼることができるが、体系的な近代実験科学として確立されたのは、19世紀に入ってからであり、とくに、ドイツのJ・von・ザックスに負うところが大きい。ザックスはウュルツブルク大学の教授を務め、光合成、栄養生理、成長、器官形成などの分野で重要な貢献をした。ザックスの弟子で、ライプツィヒ大学の教授であったプフェッファーWilhelm Pfeffer(1845―1920)は、細胞の浸透現象を研究したが、『植物生理学』Pflanzenphysiologieと題する本を初めて出版した(1881)。また、ザックスも1882年に『植物生理学講義』Vorlesungen über Pflanzenphysiologieを著している。
日本の植物生理学は、三好学(みよしまなぶ)がドイツ留学から帰国し、東京帝国大学で新たに植物生理学担当の教授となった1895年(明治28)に始まったといえる。日本で、植物生理学ということばが最初に使われたのは、1874年、文部省が刊行した、片山淳吉(1837―1887)および中村寛栗共訳による『百科全書(植物生理学)』のなかでであったと思われる。これは、イギリスから出版されたChambers's Information for Peopleのなかの『Vegetative Physiology』からの訳出である。明治時代には、三好学を含めて何人かの日本人がドイツに留学し、ザックス、そしてとくにプフェッファーのもとに学び、研究上大きな影響を受けている。
1959年(昭和34)日本植物生理学会の創立とともに、国際的な機関誌『Plant Cell Physiology』が刊行され、現在に至っている。また同年、国際植物生理学連合International Association for Plant Physiologyが結成された。
[勝見允行]
『増田芳雄著『植物の生理』(1986・岩波書店)』▽『C・ダーウィン著、渡辺仁訳『植物の運動力』(1987・森北出版)』▽『E・ビュンニング著、田沢仁ほか訳『分子生理学の先駆者ヴィルヘルム・ペッファー――現代に生きるその研究と洞察』(1988・学会出版センター)』▽『増田芳雄著『植物生理学』(1988・培風館)』▽『倉石晋著『植物ホルモン』(1988・東京大学出版会)』▽『桜井英博・柴岡弘郎・清水碩著『植物生理学入門』(1989・培風館)』▽『増田芳雄編著『絵とき 植物ホルモン入門』(1992・オーム社)』▽『ハルトムート・ギムラー著、田沢仁ほか訳『植物生理学・栄養学の創始者ユリウス・ザックス――今日に生きる苦闘と栄光』(1992・学会出版センター)』▽『増田芳雄著『植物学史――19世紀における植物生理学確立期を中心に』(1992・培風館)』▽『清水碩著『植物生理学』(1993・裳華房)』▽『ハンス・モーア、ペーター・ショップァー著、網野真一・駒嶺穆監訳『植物生理学』(1998・シュプリンガー・フェアラーク東京)』▽『酒井敏雄著『評伝 三好学――日本近代植物学の開拓者』(1998・八坂書房)』▽『宮地重遠・大森正之編『植物生理工学』(1998・丸善)』▽『東京大学大学院農学生命科学研究科生産・環境生物学専攻編『実験生産環境生物学』(1999・朝倉書店)』▽『増田芳雄著『植物ホルモンと私――戦後研究の国際的発展の中で』(2000・学会出版センター)』▽『増田芳雄著『植物生理学講義――古典から現代』(2002・培風館)』
…月経のことを生理というのはその好例である。 生理学の分野をその対象によって,人体生理学,動物生理学,植物生理学,細菌生理学などと呼ぶ。また人体生理学を動物機能の生理学と植物機能の生理学に分ける。…
※「植物生理学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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